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  • 2007.04.08 Sunday
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過去5年のドラフトを分析する 〜横浜

<指名人数> ※()内は逆指名人数
2004年=9人(2人)
2003年=4人(2人)
2002年=10人(2人)
2001年=5人
2000年=9人(1人)


<投手:野手>   <高校生:即戦力>
2004年=5:4    2:7
2003年=3:1    0:4
2002年=4:6    3:7
2001年=4:1    3:2
2000年=6:3    6:3


<上位2指名のバランス>
2004年=投手・即戦力
2003年=投手・即戦力
2002年=バランス・即戦力
2001年=バランス×2
2000年=バランス×2




2001年オフに、それまでの親会社であったマルハが経営難から経営譲渡した。
譲渡先についてはひと悶着あったがTBSに落ち着いた。それによりドラフトの姿勢が180度変わってしまっている横浜の近況である。

2001年までのマルハが挑んでいたドラフトは、高校卒選手を中心にしつつもある程度のバランスを取ってきた指名であり、この傾向は97年からである。上位2指名が高校生だった97年以外(98〜01年)は、高校卒1位・即戦力2位の指名を続けバランスを取り、下位指名は大化け狙いといった指名であった。

しかし親会社変更に伴い、バランス型ドラフトが一変。上位指名は毎回自由枠を行使し、下位指名も即戦力選手ばかりをかき集める変貌ぶり。
この時期、チームは5年連続のAクラスが途切れ最下位を迷走していたので何が何でも即戦力を獲りたい気持ちは解らないでもないが、だったら何故モラルがどうこうという理由だけで多田野数人(現大リーグ・02年の自由枠入団が内定していたがホ○ビデオに出演していた経歴にTBSが不快に思い拒否)を指名拒否したのか理解に苦しむ。本当にチームを強くしたいのなら、そんな事は些細な事ではないのか。

またこの6年間隔年で指名人数が多くなったり少なくなったりしているのも、官僚的で熱意がないなぁと思ってしまう。

さて、このTBSの即戦力嗜好でワリを食った感があるのが、01年以前の高校卒選手たちである。
6人指名されたドラフト上位組でモノになった(なりつつある)のが古木克明(98年1位)・内川聖一(00年1位)・秦裕二(01年1巡目)の3人。まあまあの数字であるが、下位指名に目を向けると、恐ろしい事に小池正晃(98年6位)だけ!見事なまでに02年以降の即戦力組にチャンスを奪われてしまった。
多村仁(94年4位)・金城龍彦(98年5位)の大化けがなかったら、最下位はもっと長く続いていたに違いない。

その02年以降の即戦力組であるが、上位指名に的を絞ると結果を出しているのが村田修一(02年自由)だけ。那須野巧(04年自由)がどうかという感じで、後は全滅状態。
高校卒重視のマルハ時代でも木塚敦志(99年2位)・吉見祐二(00年2位)という主力投手を輩出しているから、TBSのスカウト能力にはやはり疑問符を付けざるを得ない。


悪い面ばかりを取り上げてきた気がするが、ベストのドラフト年は、TBS初年度の02年を推したい。
少ない高校卒選手(3人)の中、吉村裕基(5巡目)に大化けの気配が出てきたし、多田野・土居龍太郎(自由・現ロッテ)の穴は加藤武治(4巡目)がしっかり2人分埋めている。後は即戦力組からベンチ入り野手が生まれるのを待つだけだろう。

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