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  • 2007.04.08 Sunday
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宮出 隆自(S) 〜マルチな野球人生

半年以上このカテゴリを放って置いた結果、
他カテゴリとは記事数で大差が付いてしまった。(駄目じゃん)

という事で久々に更新するとして、
誰を取り上げようかと非常に迷った。
僕が注目する選手、といっても、
ある程度のキャリアが無ければ薄い内容で終わってしまう可能性が高い。

過去の3選手もいずれもそんな事を考慮に入れ、
またある程度のネタを交えられる選手を選考した結果が、
林・實松・川井の3人でありました。



もうすぐ開幕、ということもあり、
今季に向けて変わろうとしている選手を中心に更新速度を速めたいと思っております。



という事で第4回は、
今季はサードにも挑戦するヤクルト・宮出隆自について。

前年・前々年と5〜6番を打つポイントゲッターとして定着した感がありますが、
入団当初はバリバリのピッチャーでした。


95年のドラフト2位。
ちょうど「野村監督の意向に従って即戦力」から、
「野村の意向に逆らって高校生」へと指名方針が転換した時期であり、
1位の三木肇とともにその高校生の上位指名第1号と言っても良い存在。
190センチという大柄な体から繰り出されるストレートが魅力、
というのは大きなミスリードであり、
実際の所体の線が細く、ストレートも140キロ台前半でキレが無いというのが第一印象。
ヒジが前に出ない通称「アーム」という悪癖も手伝い、
本格派のようで本格派ではない育て方が難しいピッチャー。
(ちなみに実際に見たのは00年でした、詳しい話は後述)



そのため専門家からは、
「野手として入団した方が良かった」という声も聞かれたほどで、
強肩強打のスラッガーとしての期待の方が高かったようです。





高校卒で未完という事で、
当然ファームで成長段階を踏む事となった宮出。

98年始めて一軍を経験し、
3試合登板でプロ初勝利も記録。
しかし8イニング投げて四球14というノーコンぶりを露呈し、
未だ未完のままという事も証明されてしまったこの年。



翌99年。
監督が若松に交代し、新たに投手スタッフを作り上げなければならない状況のヤクルト。
高校卒で快速球を投げ込む五十嵐亮太・石井弘寿の駆け出し時期となったのもこの年で、
若手投手抜擢の機運は高まっていました。


宮出も当然この流れに乗り、
前年の3試合から、21試合と大幅に出番増。
イニング数と同等の三振数(43)とストレートとフォークのコンビネーションが冴え、
今後の主力への躍進に期待が持てるシーズンとなりました。



しかし期待の若手とはいっても、
150キロのストレートを連発する左右コンビ五十嵐・石井弘とは見劣りがしたのは明らか。
恐らく彼らを上回っていたのは身長だけではなかったでしょうか(逝け)

当然翌年になると両者と大きく差を明けられました。
五十嵐・石井弘が序盤から貴重なリリーフ役に定着したのに対し、
宮出はファーム暮らしが主だった00年前半戦。

後半盛り返し結局この年は22試合に登板。
3勝1敗とまあまあの数字も残しましたが、やはりインパクトに欠ける結果に。
交代完了4度、先発も3試合だけという中途半端な起用に終始しました。


そのうち1試合を巨人戦で先発していたのでテレビで見る機会を得ました。
上原浩治との投げ合いだったのですが、
結果だけを先に言えば、5イニングを投げきり勝利投手に。


だが勝利の決め手となったのが、
自ら上原からタイムリーを放ったバッティング。

肝心のピッチングの方は序盤に3失点し、
「宮出のストレートでは巨人打線に通用しない」と悟ったキャッチャー古田敦也が、
2回以降フォークの連投に注ぐ連投というリードで切り抜け、
何とか5回4失点にまとめてリリーフに託した、という内容。

宮出が上原に投げ勝った、という事実が印象に残り、
今でも記憶に残る試合だったのですが、
今思えばこの時点で野手転向は運命的だったのかも知れません……
(この年は8打数4安打)










01年に故障を発生させ、
もう投手を続けられないぐらいの症状だったらしくこれを機に02年途中ついに野手登録。



そして翌03年ついに野手として日の目を見る、
という経歴は言わずもながですが、
僕は始め一軍で野手・宮出の存在を知ったときはにわかに信じられませんでした。

というのも、野手転向1年目のシーズンは、
不慣れなのが響いたかファームで打率1割台。
二塁打は結構な数をうち長打力は見せましたが、
まだまだ経験不足という印象が強く、あと2年ぐらいはかかると思っていましたから…



この驚異的な伸び率の速さで、
真中満・稲葉篤紀・飯田哲也・佐藤真一という兵揃いといっても全員ベテランの域だったがの中に飛び込む格好となっても一歩も退かず、
ドラフト時に囁かれた「強肩強打のスラッガー」としての資質を如何なく発揮。
60試合出場で44安打・5本塁打という成績は実質2年目にしてはかなりのもの。


以降、本当に投手だったのかを忘れさせるような活躍でついにレギュラー定着。
04年はやや実質「2年目のジンクス」な傾向でしたが、
翌05年4月、巨人・林昌範から放ったサヨナラ本塁打を機に、
何かを掴みかけたのか成績が急上昇。
若松監督の「守備で期待する」という評価をも一変させ、
後半戦は完全にライトに座って.320と(規定不足)、
センター青木宣親の陰に隠れて目立ちませんでしたが大ブレイクといってもいい活躍。






06年念願の規定打席にも到達しましたが、
現在は定位置だったライトを追われ、サードの練習に励んでいる宮出。
サードが板につくかは誰にも解りませんが(むしろ現段階では不安の方が大きいが)、
脅威の伸び率で遅すぎた野手コンバートを乗り切った選手だけに、
この苦境にも乗り越えていけると信じたい所です。





次回は同じくコンバートが濃厚な横浜・内川を予定

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  • 2007.04.08 Sunday
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  • 14:03
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  • 2007/02/08 6:56 PM
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