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  • 2007.04.08 Sunday
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2006年外国人事情 〜セリーグ1

<横浜>

・陣容
既存選手
クルーン
言わずと知れた160キロ腕。だがそれを対眼した打者は口を揃えて「絶対に打てないなんて事は無い」と言っていたので慣れられたら怖いであろうという印象。変化球も実質フォークぐらいのものだし。
チーム不振で登板数が限られ、初セーブを挙げたのが4試合目の4月19日(広島戦)と遅め。そのため調子を崩したのか、5試合目の21日・ヤクルト戦ではまさかの4失点で逆転負け。2日後の同カードでもセーブこそ挙げたがラミレスに被弾と不安定。結局4月は7試合のみの登板でセーブも3つだけ。
失点した試合は48試合中8度なだけに1試合での大量失点が露骨だった。上記のヤクルト戦の他5月27日オリックス戦でも4失点でサヨナラ負け。これが防御率3点ジャストという物足りない結果に繋がってしまった。その快速球でエンターテイメント性は十二分に提供できたので今季以降は納得できる結果が欲しい。
  シーズン後:残留

外国から新加入
 シーズン前
ソニア
開幕直前に駆け込むように獲得した右腕。さすがに故障上がりのベバリン1人では辛いと見て獲得に走ったのだろうが、メジャー経験無く資金も格安とケチケチ路線ならではの補強というのが見え見え。安くても活躍しなければ資金が無駄になるから、投手が一向に安定しない4・5月の横浜の戦いぶりで「ああもうフロントは勝負を捨てたんだな」としか感じなかった。
初登板は4月16日の巨人戦、6回表から2イニング投げたが2失点といきなり暗雲漂う内容。ストレートは140キロ台中盤だがキレに乏しいからスライダーが生きない。結局春先不安定だったクアトロK(木塚・加藤・川村・クルーン)が落ち着きを取り戻し自然と敗戦処理に成り下がる。この中途半端な球威と与四死球率4点台という不安定さ故、どうしても大事な場面では使えない。結果として防御率3.82はまずまずだがやはり役所を割り引いて解雇という結論に至ったのだろう。実際僕がフロントでもそうする
  シーズン後:退団

日本へ出戻り
 シーズン前
ベバリン
ヤクルト時代の2年間で17勝を挙げた先発右腕。ヤクルト解雇の理由が右肩痛なため、肩が戻ればそこそこの活躍を果たすだろうと踏んで飛び付いたのだろう。テスト入団という事で資金もソニア同様格安で済んだ。
まずはヤクルト時代の彼を振り帰ってみよう。03年開幕直前に入団、調整もままならない中藤井故障の穴を埋める活躍で8勝。だが後半戦で肩を痛め離脱。04年は万全の体調でフル回転が期待され、開幕投手を務めるとそこで初本塁打も放ち見事勝利。そこからオールスター前まで9勝を挙げる活躍を魅せるのだが、ピッチングのリズムは良くなかった。制球の悪さに加え得意球のカーブのキレが鈍り、古田のリードを頼りにしても空振りが奪えず球数を費やす苦しい登板が続いた。そしてオールスター後は1勝もできず再び肩を痛めて退団する羽目に。
05年の1年をリハビリに費やし体調面での不安は払拭されつつあったが、ブランクを埋める事は出来なかった。初登板の4月6日中日戦こそ5回2失点とまずまずだったが以降試合を作れたのは皆無に近く、30イニング以上投げて防御率は驚愕の11点台を記録。古田のリードが無ければこういう結果になるのか…
  シーズン後:退団

<広島>
・陣容
既存選手
ベイル
04年は先発で11勝を挙げ、05年はリリーフエースとして活躍した。変則投法からの縦のカーブは驚異的で、昨季もリリーフエースの役割からスタート。
同じ外国人クローザー・クルーン(横浜)とは対照的にロケットスタートを魅せ、4月は9試合投げて失点ゼロ(セーブは4)。緻密な継投を図るブラウン野球のアンカーとして無くてはならない存在だったが突如暗雲が走る。5月13日のロッテ戦でマウンドに上がるも5球投げた所で故障発生、打者0人でマウンドを去り登録も抹消。この抹消期間中に永川が奮闘し穴を埋めた事により先発転向が検討されそれが現実となったのが7月8日の巨人戦。しかしここでも2イニングで足を痛め途中降板。オールスター後再び先発マウンドに登るがやはり故障がちで5回を投げた事すら1度だけ。最後は再び故障発生で一軍を去ってしまった。
  シーズン後:退団

ロマノ
何が良いのか解らなかった05年だったが残留した右腕投手。印象を一言でいえば劣化版ブロックか。彼を残してデイビーを切ったのは不可解と思うかもしれないがデイビーは性格に問題があり(詳しくはこちら)ブラウンが提唱するALL−INにそぐわない選手だったからだろう。
それでも層の薄い広島投手陣故開幕一軍。最初はリリーフだったが4月19日に先発起用。5回2失点とゲームは作ったのだが失点はいずれも5回、それも連続ソロアーチによるもので早くも暗雲が立ち込める。以降5イニングは投げるものの失点を重ね不安定さが浮き彫りとなってくる。6月18日・日ハム戦で2勝目(5回2失点)を挙げてからはリリーフで、8月下旬に先発復帰するも不安定さに拍車かかっており、それでもベイル・ダグラスの故障もあって使わざるを得なかった。当然シーズンを待たずして帰国、解雇。

  シーズン後:退団

フェリシアーノ
選手登録されたのっていつだっけ?確か04年開幕前だったはずだが記憶が曖昧である。デビュー戦は確か巨人戦で、5回7失点だったような…。その後も出ては責任を果たせずの繰り返しで、昨季もダグラス・ベイルの故障離脱でチャンスが回ってきたが全く先発の役目を全う出来なかった。
  シーズン後:退団

外国から新加入
 シーズン前
ダグラス
黒田・大竹と先発3本柱を形成すべく獲得した右腕。27歳と若く、過去3年尻上がりにメジャー登板数を増やしており(05年には5勝)今が旬の選手。140キロ代後半のストレートをツーシーム・カットボール気味にクネクネと動かす打者にとって嫌なタイプである。
3本柱にシーズン100試合登板を課したブラウン、大竹がはや離脱し黒田が勝ち運に恵まれない中序盤から奮闘。初試合(4月2日中日戦)こそ5回を投げ切れなかったが2試合目(8日・ヤクルト戦)は7回無失点・被安打1という快投で来日初勝利。30日の横浜戦から4連勝を果たす活躍、ひたすら中4〜5日で回り続け支柱としての役割を担った。球を動かす投手と聞けば打たせて取るタイプに多いのだが、6月2日のロッテ戦では13奪三振を記録するなど三振も取れる。特にツーシームの曲がりが大きく左打者から三振を奪う場面が目立っていた。
6月23日横浜戦にも勝って9勝目。ここから右肩を痛めて以降ほぼ棒に振ってしまった。今季を見据えて9月終盤に復帰し4試合登板(2試合リリーフ)。先発に上がっても2イニングで降板とブラウンならではの異常な慎重さが目に付いたが投球内容は完璧で、今季は黒田ともに30試合以上先発を期待する。
  シーズン後:残留

マルテ
06年開幕前に支配下選手登録された今では砂漠化しているドミニカ・カープアカデミー出身選手。粗削りながら150キロ超のストレートが魅力という典型的なホープであり、早速ファームでクローザーを任される。
チャンスは唐突で、ベイルが故障した8月16日に一軍昇格。早速リリーフ登板し(中日戦)2イニングを無失点。3試合目のマウンドとなった20日・横浜戦では危険球退場のロマノの後を受け緊急登板したが暴投もあり敗戦投手に。結局12試合に登板し防御率1.59と数字は良いが、自責点にならない失点が5もあったので額面どおり誉める訳にもいかない。といってもアピール自体には成功したといえる。ドミニカの砂漠化を止められる日は来るのか。
  シーズン後:残留

<巨人>
・陣容
既存選手
姜建銘
05年にひっそりと育成目的で入団した台湾出身投手。その年はファームで2試合の登板に終わり、昨年も開幕は二軍スタート。
ファームでのローテーション入りが当面の目標であったが、そんな彼に転機が訪れたのが交流戦終盤。チームの低迷に伴い6月14日にいきなり一軍昇格。同日のオリックス戦でプロ初登板を果たし1イニングを無失点。その後19日に抹消されたから「ああ観光的昇格だったんだな」と思っていたが、この後実力が付いたからこその昇格だと考えを改めさせられる日が来るとは…
8月17日に再昇格。18日の中日戦でリリーフ登板。ここで好投したからなのかどうかは定かではないが、22日の横浜戦でいきなり先発マウンドへ。臆する事無くガンガンボールを投げ込むと、7イニングを被安打3に抑える快投で見事にプロ初勝利を手にした。その後当然ローテーションに入り、27日阪神戦で7回途中1失点、9月3日中日戦ではなんと完封で2勝目を挙げるのだ。しかもここまでただの一つも与四死球は無く、若干21歳の投手にここまでのコントロールを見せ付けられるとは誰が想像出来ただろうか。その後はパスポート取りに帰国して若干勢いは衰えたが8試合先発で3勝2敗、平均イニングは7を超える安定感であった。技術的な面を一つ言えば、投げに行く際に左手グローブが遊んでいるのが気になるところ。肩が開く原因になり易いので、開幕時からローテーションに入り疲労が溜まった時には要注意である。
  シーズン後:残留

外国から新加入
 シーズン前
グローバー
メジャー通産21勝の右腕投手。前年(05年)は先発で5勝するも防御率は5点台。それ以前はリリーフのシーズンもあったりで中途半端。メジャー定着のためにも日本球界での経験は必須であった。140キロ代後半のストレートとカーブを軸にした多彩な変化球が持ち味。
初登板は4月2日の横浜戦だったが5回を投げきることが出来ず。以降日曜日がグローバーの仕事場となり、2試合目(9日・中日戦)は6回3失点で無事に初勝利。それ以降勝利は挙げるものの不安定な投球が目立ち、4月は3勝1敗ながら防御率5点台で終える。5月は故障者の関係で中5日になるが、2試合連続でノックアウトされ信頼を失うとその後も打たれ続け6月2日に抹消。この時点(9試合)で防御率は6点台に跳ね上がっていた。
再昇格は7月12日。この日の横浜戦で5回無失点と落ち着きを取り戻すと後半戦は再びローテーション入り。8月4日の横浜戦では敗れはしたが8回2失点と内容も良化。それでも中々勝ちに結び付かず、8月30日広島戦で6回無失点でようやく4勝目。次の9月7日阪神戦でも無失点投球を続け5勝目を挙げたが、以降は何故かリリーフに回されそこで大炎上。練習に遅刻した事もあり首脳陣の信頼を損ない、オフには解雇が決定した。
  シーズン後:退団

ディロン
昨年初めてメジャーに昇格した内野手。芳しくない成績に終わったがこの昇格が買われての獲得だったのだろう。内外野をこなすが本職は一塁。思えば近年の巨人の新外国人はユーティリティタイプが多い。クレスポ・レイサムの名が思い浮かぶがレイサムに至っては獲得後にして初めて外野しかこなせない選手だと判明するというフロントのお粗末ぶりを発揮。今回のディロンも、当初は空いたファーストを埋める存在として期待されたがその直後ロッテから李が移籍し、主力としての期待は薄れてしまった。
そしてそれに象徴されるかのようにキャンプ中に腰痛リタイア。李の大活躍で他ポジションに活路を見出すこととなったが守備では凡プレーを連発、打撃も87打数で打率1割台と振るわず、アリアス獲得の口実を作ってしまった。
  シーズン後:退団

日本から新加入
 シーズン前
パウエル(JP)
オリックスを自由契約となり、2年5億という契約で巨人入り。その実力・実績はあえて語るまでも無いが、01年のシーズンオフ一度近鉄を自由契約となりそこを再契約しただけに、あの時日本球界を去っていたら…と考えると恐ろしくなる。(01年は4勝)
当然のごとく開幕ローテーション入り。4月4日ヤクルト戦に初先発し8回まで投げ勝利。そこから快進撃が始まり、11日の広島戦から2試合連続完封。25日の広島戦でも1失点したが完投しこれで3試合連続完投。文句無く4月の月間MVPに輝く。そのままの勢いで交流戦に突入し因縁の相手オリックスからも勝利する(5月9日)が、ここからパウエルの苦難が始まった…
16日ソフトバンク戦は7回途中まで投げ勝敗付かず。すると故障者続出の影響か、次回登板は中4日で21日楽天戦。この試合こそ8回途中まで投げて連勝を6に伸ばしたが、開幕から完投ペースで投げていたのでこれで調子を崩さない方がおかしい。次も中4日でロッテ戦に登板すると(26日)、7失点で5回すら投げれず連勝ストップ。その後中6日に戻るものの調子までは戻らなかった。危険球退場も経験するなど投げては負けが続き、好投しても運に見放されるケースも少なくなかった。結局12試合連続勝ち星無し、その間に勝ちを上回る8敗を喫してしまう。8月17日ヤクルト戦でようやく連敗ストップさせ、その後何とか10勝に乗せて意地を見せた。今季で日本球界7年目になり耐用年数の限界は近いと想像がつくが、首脳陣は昨季のような突然の無理使いだけはやめてもらいたい。仮にも頭数だけは揃ってる巨人なのだから…
  シーズン後:残留

李承
韓国プロ野球でシーズン56本塁打を達成した大砲。メジャー移籍を目指していたところをロッテに「是非に」と誘われて日本球界へ。韓国・台湾選手には「アジアのメジャー」と認識される日本球界、李はそこでもう一つステップアップしてからメジャー挑戦を、という計画を立てたのだろう。
03年のシーズンでは苦手な内角球を克服しつつあったが、それは韓国内での話で日本投手の執拗な内角攻めで再び弱点は露呈して04年は辛酸を舐め尽くした。ロッテ2年目となった05年は30本塁打、それも規定打席不足の中で放った。「左が苦手」という解説・データも、実際に左投手を叩き潰した日本シリーズを見てそんな事は微塵も感じなかったし、WBCで日本戦で決勝アーチを描いた相手も左の石井弘(ヤクルト)であった。
そして昨季である。日替わりスタメンのロッテでは自分の価値観を高められないと思ったのか、球団の慰留を蹴って巨人移籍。開幕カードの横浜3連戦でいきなり2本塁打。4月こそ5本塁打に留まったが交流戦で大爆発。36試合で16本塁打を放ち、特に古巣・ロッテ戦では相手ファンのブーイングの中6戦4発。ロッテ時代に見られた精神的な脆さはそこには全くと言って良いほど無かった。前半戦は村田(横浜)と激しく本塁打数を争い、オールスターまでに29本塁打を放ち村田に7本差をつけてキング獲得かと思われた。しかしそこからウッズが猛スパートをかけてきた。8・9月と2ヶ月連続で9本放ったウッズに対し李は膝を痛めるなど万全の状態を維持できず逆転を許してしまい、タイトル獲得とはならなかった。メジャー移籍も騒がれたオフは巨人の必死の慰留を受け、4年という大型契約。目標とする優勝を果たし胸を張ってメジャーに渡ってもらいたいものだ。
  シーズン後:残留

日本へ出戻り
 シーズン途中
アリアス
あまりの怪我人の多さに獲得した、元オリックス・阪神のスラッガー。日本球界を去った後はメキシカンリーグでプレーしていたらしい。
一軍登録は7月5日。本来の内野ではなくレフトでスタメン出場し(中日戦)1安打。9日広島戦で初アーチを放ったものの、その後の活躍はほとんど無く、小久保不在の穴も埋められなかった。こんな事なら若手中心で戦って欲しかったのだがその若手がいない、という状態だった昨季の巨人。まずはFAよりもドラフトで陣容を作るという自覚がフロントに欲しい。
  シーズン後:退団

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  • 16:09
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コメント
管理者の承認待ちコメントです。
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  • 2007/01/17 3:35 AM
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