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  • 2007.04.08 Sunday
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優勝できる先発ローテーションについて思うこと

「勝利の方程式をはじめとしたリリーフがしっかりしているからこそ先発の役割が大事」と先日の記事で語ったのは周知のとおり。

では理想の先発ローテーションといえば、
誰もが「安定して試合を作れる選手が6人揃う」と答えるのは間違いない。(アメリカでは5人なのだが)



各球団もそれを理念としているからこそ、
その理想に近づかんと投手の補強に精を出しているに違いない。

だが過去の優勝チームにおいて開幕前の先発ローテーションを見てみると、
意外にも磐石のローテーションを揃えた、というチームは少ない。

たとえば昨年は日本ハム・中日が優勝した訳だが、
両チームの開幕時(3・4月)のローテーションは以下のとおりであった。



  日ハム      中日
  金村        川上
  江尻        マルティネス
  リー         ドミンゴ
  ダルビッシュ    中田
  八木        山本昌
  (ディアス・須永) (石井)


※()は谷間先発




このうち江尻が10試合・リーが11試合で息切れし
中田故障離脱、ドミンゴ造反劇で構想外に。


この後日ハムは橋本・武田勝・立石ら総動員体制で穴を埋めた。
中日は朝倉を配置転換し、佐藤充を抜擢しローテーションに定着させた。

結果的に6人揃ったのは中日の方で、
川上・山本昌・朝倉・佐藤充・中田・マルティネスというローテ。
それでも開幕直後とは3分の1構想がズレたということである。



このように先発6人が揃って優勝に突っ走った、と聞こえが良いチームでも、
実際に開幕時の構想のままペナントを戦い抜いた例は数少ない。

10勝投手を6人出した05年のロッテでも、
当初ルーキーの久保は中継ぎ(敗戦処理)であり、
加藤の方が優先的に先発起用されたものであったし、
終盤は小野がリリーフに回り、
その都度黒木が先発をこなすというロッテなりに忙しい起用であった。



極端な例を述べてみよう。
99年のダイエーと、01年のヤクルトである。



前年初の3位という事で上昇機運に乗りつつあったダイエーだが、
最多勝投手の武田FAで中日移籍という損失が発生。
頼みは大黒柱・工藤と前年長いトンネルを抜けて10勝した西村の2人だけで、
吉武・ヒデカズは上積みの期待よりも衰えの不安の方が目立っていたし、佐久本・田之上もまだまだ。
シーズン途中に加わったペドラザを先発に加えるという構想まで飛び出したのだから、
頭数の不足は深刻なものであった。

これを救ったのが前年0勝といういわば「計算外」の選手たちだ。
スランプにあえいでいた若田部復活しただけでなく、
2年目の永井・星野が揃って突如成長を遂げローテーション入り。
3人とも10勝をマークし一気に30も勝ち星が積み上がったのだ。
その結果球団初のリーグ優勝を果たしたダイエー。




ヤクルトの場合はもっと深刻で、
石井一・川崎・伊藤の3本柱でもっていたのが、
川崎FA移籍伊藤右ヒジ故障というダブルパンチを受けてしまった。
前年2人で11勝を挙げたハッカミー・レモンの外国人コンビも既に退団しており、
あろうことか石井1人という陣容に陥り、
未知数の選手に賭けるしかなかった01年のスタート。

この大穴を埋めたのが、巨人を戦力外になった入来。
雄叫びを連発する気合の投球でこちらも0勝から10勝という快挙を果たせば、
前年リリーフだった藤井(1勝)が開けてビックリ最多勝(14勝)という大活躍。
さらに前年の終盤に2勝しただけの前田も7勝と主戦入りを果たし、
3人で28勝も勝ちを積み上げた。
これにニューマン・ホッジス・山部・本間という小当たりを重ね、
紙一重の差で最強と持て囃される巨人との優勝争いを勝ち抜いた。





そんなペナントが印象に残っていることもあり、
開幕前変に戦力を整えようとする球団には期待薄、というのが僕の心情である。

開幕前に6人以上揃えて安心してしまうと、
シーズン中に問題発生した時に対処できなくなるものだし、
戦力の上積みというより、既存の主力の衰えの方を心配してしまう。
それに仮にそのチームが優勝しても「まあ当然だろう」ぐらいの感想しか得られないだろう。


逆に開幕前から穴が空いているチームでも、
その穴に飛び込まんとする選手達がゴロゴロと居れば期待は大きい。
上記球団が衰えを心配するのに対し、
こちらは戦力の上積みが大いに期待できるであろう。




と、これから球団分析などというベタな行為をやるにあたって、
そんな思考も頭に入れながらやっていきたいと思います。(激しくどうでもいい)

先発陣のゲームメイクを語る 〜完結編

<イニング編>
パリーグ
セリーグ

<失点編>
パリーグ
セリーグ



松坂や斉藤和・川上のような完全無比なエースは語るまでも無く、
先発投手は主に2つのタイプに分けられると思う。

・安定感は無いが長いイニングを投げられ、ツボにはまれば完投できる

・完投は期待できないが5〜7回の中で責任はきちんと果たせる


という2タイプ。
その2種類の投手を同じ舞台で比較したいと思いこんな表を作ってみたのであるが、
そのための指標なんかを下に記す事にする。


<イニング編>

・責任試合
5イニング未満 〜 −1
5イニング以上 〜 +1
7イニング以上 〜 +2
9イニング以上 〜 +4
非責任試合
5イニング未満 〜 −2
5イニング以上 〜 +1
7イニング以上 〜 +3
9イニング以上 〜 +5

非責任試合のウェイトを広げた理由は、
「ノックアウトされた挙句リリーフに責任を丸投げ」という行為は、
敗戦投手になる事よりも過失が大きいと判断したため。
逆に勝敗が付かないまま長期イニングを投げ抜く投球は素晴らしいと思う。
そんな事を考えて加算ポイントを定めてみた。

<失点編>

責任試合
5失点以上 〜 −2
3〜4失点 〜  0
1〜2失点 〜 +2
無失点   〜 +4
非責任試合
5失点以上 〜 −2
3〜4失点 〜  0
1〜2失点 〜 +2
無失点   〜 +4

こちらは責任・非責任ともポイントは同じ。
要は「勝敗に囚われずに自分のピッチングをするべき」って事で。




これに当てはめてポイントを振り分けた結果は↓。

<パリーグ・リーダーズ15>

1 斉藤和巳 105 両方の部門でNo.1と文句の付けようが無かった
2 松坂大輔  96 3桁に一歩及ばず。故障降板2度がやっぱり悔やまれた
3 八木智哉  79 本当にルーキーか?と思うぐらいの見事な貢献度
4 デイビー   74 コストパフォーマンスもかなりの物でセラフィニの誤算を埋める。見事
5 和田毅   72 新垣との差は安定感に現れた。この路線を今季以降も
6 新垣渚   70 完投能力は和田より上なのだが。後半の失速はチームにとって手痛
7 平野佳寿  67 完投の多さがモノを言った。やはり川越はチーム3位なのね
8 川越英隆  63 デイビーとの差は無失点試合の大小。今季はチーム1を
9 西口文也  58 涌井には無い安定感が魅力。失点を減らせばもっと伸びた
9 涌井秀章  58 大量失点が多く伸び悩んだ感。ムラを無くしてエースに
9 小野晋吾  58 一気にチームの主役へ。失点部門はチームトップ!
9 小林宏之  58 出遅れが無ければもっと伸びたはず。フル回転を
13ダルビッシュ有57 前半のもたつきは痛かった。成長は楽しみだが故障が心配
13清水直行  57 金村(日ハム)に次ぐ「凄みの無いエース」と化さないように
15杉内俊哉  47 不調気味も何とかランクイン。あのストレートの伸びが戻れば

<セリーグ・リーダーズ15>

1 黒田博樹 103 左右攻めは新たな看板。故障が無ければどこまで伸びたか
2 川上憲伸  96 失点部門で伸び悩んだがそれでも文句無し
3 井川慶    86 過去2年の不調を払拭。アメリカでも頑張れ
4 内海哲也  84 一気に主役へ。上原との逆転現象を世間は気付いているのか
5 ガトームソン83 フル回転で文句無しチーム1。併用路線が無ければ…
5 三浦大輔  83 イニング部門はリーグ2位。安定感の復活を
7 福原忍   70 出遅れでこの数字は見事。イニングが増えればさらに上へ
8 パウエル  68 勝てない期間が長かったがそれでもめげなかった結果ランクイン
9 佐藤充   65 ブレーク時の完投ラッシュで荒稼ぎ。シーズン通しての活躍を
10朝倉健太  64 佐藤との鍔迫り合いは凄い。失点部門のわずか2差の結果下に
11山本昌   62 無安打無得点が無ければランク外だったかも。200勝は間違い無し
12下柳剛   60 失点部門で好成績。今季も老獪な投球を
12上原浩治  60 故障は痛かったがそれ以上にスケール低下が目立つ
14石井一久  54 技巧派へのモデルチェンジは成功。石川・藤井の手本に
15佐々岡真司 51 見事カムバック。こうして名を連ねるだけで驚きである




2006年度先発投手貢献ポイント一覧

先発陣のゲームメイクを語る 〜割合編セリーグ

<イニング編>
パリーグ
セリーグ

<失点編>
パリーグ
セリーグ

※左から、試合数・5回以上投げた試合率・7回以上投げた試合率・無失点率・大量失点率(単位は%)

※青字は「よくやった!」と思った数値
※赤字は「これはマズイだろ…」と思った数値

川上(D)        28  100  82  18  21
マルティネス(D)  22   64  32   5   5
中田(D)        17   71  53  18  24
山本昌(D)      26   85  46  12  15
ドミンゴ(D)       4   50   0   0  25
朝倉(D)        21  100  52  14  10
佐藤充(D)      19   89  53  21  11
石井(D)         1  100   0   0 100
小笠原(D)       6   83  17   0   0
吉見(D)         2  100   0  50   0
井川(T)        29   93  69  10  21
安藤(T)        20   80  30  15  15
江草(T)        12   75  25  17  25
下柳(T)        25   96  28  24  12
福原(T)        23   96  39  17   
オクスプリング(T) 15   60   7   7   7
杉山(T)        14   93  36   7  14
能見(T)         2   50   0   0  50
ダーウィン(T)     3  100   0   0   0
中村泰(T)       2  100   0   0   0
岩田(T)         1    0   0   0   0
石川(S)        28   86  14     25
藤井(S)        20   80  45  10  30
ガトームソン(S)   25  100  72  16  12
石井一(S)      28   93  54   7  25
松井(S)         2  100   0   0  50
川島(S)         9   78  11  22  11
ゴンザレス(S)    17   88  53   0  18
館山(S)         6  100  17   0  50
高木(S)         1    0   0   0   0
鎌田(S)         4   50   0  50  25
丸山貴(S)       3   67   0   0   0
坂元(S)         1    0   0   0 100
高井(S)         1    0   0   0 100
村中(S)         1    0   0   0   0
上原(G)        24   92  54     25
高橋尚(G)       4  100  50   0  25
パウエル(G)     28   89  50  14  11
グローバー(G)    18   61  17  17  17
工藤(G)        13   69  23  15  23
内海(G)        28   93  50  14  14
西村(G)        14   71  14  14  21
桑田(G)         3   33   0   0  33
野間口(G)       2   50   0   0  50
木佐貫(G)       3    0   0   0  33
野口(G)         1    0   0   0 100
姜(G)          8  100  63  13   
黒田(C)        25   96  72  20   
大竹(C)        29   79  17   3  14
ダグラス(C)     18   78  17  22  28
佐々岡(C)      27   93  15  15  11
ロマノ(C)       17   76   0   6  35
大島(C)         4       0   0 100
ベイル(C)        5   20   0  40  20
佐藤(C)         1    0   0   0 100
広池(C)         4    0   0  50   0
田中(C)         1    0   0   0 100
フェリシアーノ(C)   5   20   0   0  60
長谷川(C)       4   50   0  25  50
小島(C)         4   75   0   0  25
齊藤(C)         2  100   0  50   0
三浦(YB)       30   93  73  10  20
土肥(YB)       14   79  50   0  50
吉見(YB)       17   76  47   0  35
門倉(YB)       25   92  32   0  20
ベバリン(YB)     8   50   0   0  75
高宮(YB)        8   75  13   0  38
那須野(YB)     16   75  38  13  31
秦(YB)         9   67  22  11  11
山口(YB)        5   60   0   0  20
牛田(YB)        7   86  29   0  14
三橋(YB)        4   75   0  25  25
岸本(YB)        2  100   0   0   0
橋本(YB)        1    0   0   0   0



次回はチーム貢献度を独自の指数で表してみたいと思います。


続きを読む >>

先発陣のゲームメイクを語る 〜割合編パリーグ

<イニング編>
パリーグ
セリーグ

<失点編>
パリーグ
セリーグ

※左から、試合数・5回以上投げた試合率・7回以上投げた試合率・無失点率・大量失点率(単位は%)

※青字は「よくやった!」と思った数値
※赤字は「これはマズイだろ…」と思った数値


金村(F)      23   65  35  13  26
江尻(F)      10   60  30   0  10
リー(F)       11   73  27   9   9
ディアス(F)     8   63  13   0  13
ダルビッシュ(F) 24   75  50  17  13
八木(F)      26   85  58  23  15
橋本(F)      12   75  42   8   8
武田勝(F)      7   86   0  29   0
立石(F)      11   64   0  18   0
須永(F)       1  100   0   0   0
木下(F)       2   50   0   0  50
鎌倉(F)       1    0   0   0 100
松坂大(L)     25   92  76  16   
西口(L)      26  100  42   0  12
涌井(L)      26   81  65   8  31
グラマン(L)    13   69  31   0  23
帆足(L)      11   72  45   0  18
宮越(L)       5   40  20  20  40
ギッセル(L)    18   72  44   0  11
松永(L)       9   56  22   0  22
許(L)         3   67  33   0  33
斉藤和(H)     26  100  81  27  15
和田(H)      24   92  50  13  17
新垣(H)      23   87  52  17  17
杉内(H)      21   90  33  14  14
神内(H)      13   62  15  15   8
寺原(H)      15   47  13   7   7
高橋秀(H)      4   75  25   0  25
田之上(H)      5   40   0   0  20
カラスコ(H)     3       0   0  67
倉野(H)       1  100   0   0   0
西山(H)       1    0   0   0   0
清水(M)      25   84  60  12  20
久保(M)      22   82  45   9  27
小野(M)      22   86  50   9   
渡辺俊(M)     23   87  30   4  30
バーン(M)      6   67   0   0  17
小林宏(M)     20   90  65  10  25
成瀬(M)      13   69  38  15   8
加藤(M)       4   25   0   0  50
古谷(M)       1    0   0   0   0
川越(Bs)     24  100  50   8  17
セラフィニ(Bs)   5   20  20   0  60
デイビー(Bs)   24  100  58  17  21
平野佳(Bs)    24   88  63  21  29
前川(Bs)     11   45  18   9   9
吉井(Bs)     19   79  11  11  11
オバミュラー(Bs)10   40   0  10  20
本柳(Bs)      7  100  14   0  14
高木(Bs)      3   33   0   0   0
中山(Bs)      7   81  43   0  29
金子(Bs)      1    0   0   0 100
岸田(Bs)      1  100 100   0   0
一場(E)      30   73  47   7  30
インチェ(E)     5   60  20  20  20
山村(E)      22   73  32   0  27
朝井(E)       9   89  22  22  22
松崎(E)       8   38   0   0  63
愛敬(E)      11   91  27  18  18
グリン(E)     20   80  40   5  15
青山(E)       2       0   0  50
藤崎(E)       2    0   0   0  50
有銘(E)      12   67  17   8   0
岩隈(E)       6   83  50  17  17
金田(E)       2       0   0   0
牧野(E)       5   60  20  20   0
川井(E)       2   50   0   0   0



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先発陣のゲームメイクを語る 〜リーダーズ編

先日作成した↓を下に語っていきます。

<イニング編>
パリーグ
セリーグ

<失点編>
パリーグ
セリーグ


現代野球はリリーフに比重があり、勝利の方程式が確立されているチームは安定したペナントを戦うことが出来る。
だがそれによって先発が軽視されるというのは間違いで、
むしろ現代野球こそ先発の仕事は大事である、と提言したい。

現在は昔と違い、
「1人の絶対的エースに試合を任せておけば勝てる」という時代ではない。
だからどれだけ責任イニングをしっかり抑えることが出来るか、
チームの成績はそれにかかっていると思う。
責任を果たせないで週1ペースで投げるなんて事は許されない。


という事で、まずは各部門のリーダーから。(上記がパ、下記がセの選手)

最多先発登板

1 一場靖弘(楽)  30
2 八木智哉(日)  26
2 西口文也(西)  26
2 涌井秀章(西)  26
2 斉藤和巳(ソ)  26

1 三浦大輔(横)  30
2 井川 慶(神)  29
2 大竹 寛(広)  29
4 川上憲伸(中)  28
4 石井一久(ヤ)  28
4 石川雅規(ヤ)  28
4 内海哲也(巨)  28
4 パウエル(巨)  28


パは一場だけが突出して多い。決して安定しているとはいえなかった彼をいかに野村監督が辛抱強く起用してきたかが判る数字だ。
同じく30試合の大台に乗ったのはセでは三浦。特に中5日が多くいかに彼以外の先発が情けなかったのかが判る。ローテーションを5人で回していたヤクルト・巨人・広島からのランクインが目立った。

最多責任試合

1 斉藤和巳(ソ)  23
2 松坂大輔(西)  22
3 一場靖弘(楽)  21
4 八木智哉(日)  20
4 涌井秀章(西)  20
4 和田 毅(ソ)   20

1 内海哲也(巨)  25
2 川上憲伸(中)  23
2 井川 慶(神)  23
2 下柳 剛(神)  23
5 石川雅規(ヤ)  20
5 パウエル(巨)  20
5 三浦大輔(横)  20


長いイニングを投げれる投手が多い中目を引くのがセの下柳。完投が望めずほとんどが7回以前なのにこれだけ勝敗に拘わっており、巡り合わせよりもチームを牽引する何かを持ち合わせているベテラン左腕。今季もしっかり責任イニングを果たす投球は健在だろう。

最多非責任試合

1 杉内俊哉(ソ)   10
2 一場靖弘(楽)   9
3 金村 暁(日)    8
3 西口文也(西)   8
3 ギッセル(西)    8
3 小野晋吾(ロ)   8

1 佐々岡真司(広)  11
2 石井一久(ヤ)   10
2 大竹 寛(広)    10
2 三浦大輔(横)   10
5 山本 昌(中)     8
5 安藤優也(神)    8
5 パウエル(巨)    8
5 工藤公康(巨)    8
5 オクスプリング(神) 8
5 石川雅規(ヤ)    8


前年の最多勝から一転不安定なシーズンとなった杉内がパのトップ。21試合で半数も占めるというのは主戦投手の名倒れで、巻き返しに期待。ギッセルも18試合にしては多い数字で救いは5失点以上での勝敗付かずが1度も無かった点か。
黒田以外長いイニングを投げない広島の選手が上位を占めたセ。佐々岡はまあ解るものの大竹はもっとやって貰わなければ困る。5回未満が3度もあるのはなあ…。後、登板数の半数以上を占めるオクスプリングと工藤(衰えもあるから仕方ないか)はもっとしっかりしなさい。

最多9イニング以上登板
※()は無責任試合

1 松坂大輔(西)  10(0)
2 平野佳寿(オ)   9(1)
3 斉藤和巳(ソ)   8(0)
4 涌井秀章(西)   7(0)
5 和田 毅(ソ)    6(0)
5 新垣 渚(ソ)    6(1)

1 黒田博樹(広)   8(2)
2 川上憲伸(中)   7(2)
3 佐藤 充(中)   6(1)
3 井川 慶(神)   6(1)
3 内海哲也(巨)   6(0)
3 三浦大輔(横)   6(2)


やはり松坂大の貫録勝ちというパだが、新人平野佳も負広の酷使に耐えてよく頑張った。その他強力投手陣のソフトバンク勢がやはり多い。
セは黒田がトップ。しかも継投主義のブラウン野球の中でだから数字以上の価値はある。
最低1人はどの球団も顔を並べる中ヤクルトだけ蚊帳の外。絶対的エースの存在が望まれる。

最多無失点試合
※()は無責任試合

1 斉藤和巳(ソ)     7(1)
2 八木智哉(日)    6(1)
3 平野佳寿(オ)     5(0)
4 ダルビッシュ有(日) 4(0)
4 松坂大輔(西)    4(1)
4 新垣 渚(ソ)     4(1)
4 デイビー(オ)     4(0)

1 下柳 剛(神)    6(0)
2 川上憲伸(中)    5(1)
2 黒田博樹(広)    5(1)
4 佐藤 充(中)    4(0)
4 福原 忍(神)    4(1)
4 ガトームソン(ヤ)  4(1)
4 パウエル(巨)    4(1)
4 ダグラス(広)    4(2)
4 佐々岡真司(広)  4(0)


パは大体妥当な顔触れが並んでいる。松坂大の4位というのはやや不本意か。
セはここでも下柳が奮闘、本当に頭が下がる。まあ広島勢がランクインしている辺り短いイニングの方が有利なのだが。

最多早期降板(5イニング未満)
※()は無責任試合

1 金村 暁(日)     8(4)
1 寺原隼人(ソ)     8(2)
1 一場靖弘(楽)    8(3)
4 ダルビッシュ有(日) 6(3)
4 前川勝彦(オ)    6(2)
4 オバミュラー(オ)   6(1)
4 山村宏樹(楽)    6(2)

1 マルティネス(中)  8(5)
2 グローバー(巨)   7(3)
3 オクスプリング(神) 6(3)
3 大竹 寛(広)    6(3)
5 中田賢一(中)    5(2)


これではエースとは列底呼べないぞ金村。ズレータに殴られたのも影響したに違いないのだが…。15試合の半数以上が該当した寺原も頂けず。(だからといって放出する事は無いだろ…)
外国人が上位3人を占めたセ。3人とも5失点以上の試合が少なく「大量失点する前に交代する」継投が異様に多かった。特に先発を長いイニング引っ張る傾向のある中日のこのメリハリは異質。

最多大量失点試合(5失点以上)
※()は無責任試合

1 一場靖弘(楽)    9(2)
2 涌井秀章(西)    8(4)
3 渡辺俊介(ロ)    7(2)
3 平野佳寿(オ)    7(2)
5 金村 暁(日)     6(1)
5 久保康友(ロ)    6(0)
5 山村宏樹(楽)    6(1)

1 石川雅規(ヤ)    7(2)
1 石井一久(ヤ)    7(3)
1 土肥義弘(横)    7(3)
4 川上憲伸(中)    6(1)
4 井川 慶(神)    6(1)
4 藤井秀悟(ヤ)    6(1)
4 上原浩治(巨)    6(1)
4 ロマノ(広)      6(1)
4 三浦大輔(横)    6(2)
4 吉見祐治(横)    6(3)
4 ベバリン(横)     6(2)


パは金村・一場・山村がここでもランクイン。特に完投の少ない金村・山村はもっと精進せよ。ロッテの不振者2人もここでランクイン。
同じことはセのトップ石川にも言える。石井一は割と安定して6〜7イニング放っていたから納得できるが。先発を引っ張る+投手陣の不振傾向の横浜勢が多数ランクインしているのも目を引く。

5回以前の降板無しの選手(15試合以上)

西口文也(西)
斉藤和巳(ソ)
川越英隆(オ)
デイビー(オ)
川上憲伸(中)
朝倉健太(中)
ガトームソン(ヤ)


エース的存在の斉藤・川上・ガトームソンはまあ当然として、西口は春先不調だったがそれでも6回以上を投げ続けるコンスタントさは素晴らしい。川越も「平野佳より評価が低いのは納得いかない」と暴言を吐いたのも理解できる数字だけどやっぱ言っちゃいけないよそういう事は平野は早期降板もあったけど完投能力ずば抜けてるんだし。デイビーも広島時代とは打って変わって打たせて取る投球で変身。朝倉は新球シュートが生きて制球も安定した結果だ。



次回は確率を中心に。

勢力の変遷を語る 西武黄金時代〜現在

しつこいがこちら




85年に優勝を果たし古豪復活かと思われた阪神。猛威を振るった打線が掛布雅之故障、岡田彰布の不振で色を失うと、2年ではや最下位転落。フロントの迷走も極め、優勝監督だった吉田義男を辞めさせるつもりは無かったのに首脳陣一掃策で辞任を決意され、翌年にはバース退団問題や掛布引退表明(故障が続くスターに対し精神的ケアを全く行ってなかったらしい)とグラウンド外で話題をさらい村山実監督再就任でも結果が出ない。
このゴタゴタの連続でさすがにフロントも反省したのか、90・91年と最下位が続いて中村勝広監督に対しては早急な人事は行わなかった。そして92年、新庄剛志・亀山努・湯舟敏郎・田村勤といった新戦力の抜擢に活路を見出すとチームは軌道に乗り、最後まで優勝争いを繰り広げるも2位。特に田村故障離脱が痛く、この「リリーフ酷使癖」が以降の中村の泣き所となった。

王貞治監督になってから苦闘が続いていた巨人。江川卓を中心としていた投手陣の世代交代が上手くいかずに苦しんでいたが、ようやくエースが桑田真澄に交代した87年にリーグ優勝。「ピッチャー鹿取」とまで揶揄された鹿取義隆にこだわった起用法は、王の執念の結晶だったと思う。
翌年はクロマティ主軸の故障で優勝を逃すと、王の前に指揮を執っていた藤田元司が再び監督就任。斎藤雅樹を一本立ちさせたエピソードは語るまでも無く有名で、槙原寛己・桑田と並んだ先発3本柱が89年に69、90年に70という脅威の完投数を残したほどの先発完投主義の中心となった。一方の野手もそれを支える機動力・守備陣の形成から始まり、緒方耕一・川相昌弘らを抜擢した。
先発陣の不振で優勝を逃すようになると、藤田も自身の体調面を考慮し辞任。93年からは第2次長嶋茂雄政権が始まるのだが、この政権誕生が球界を根幹から揺るがすきっかけとなってしまう…

85年に古葉竹識監督が勇退した広島。後任の阿南準郎もよく戦った。山本浩二・衣笠祥雄ら主力野手が最晩年ながらも投手王国(北別府学・大野豊・川口和久ら)を駆使して86年に優勝させると、その後もAクラスを保ちつつミスター赤ヘル・山本にバトンを渡した。
古葉に育てられた山本らしく、自身も徹底したスパルタ教育で若手を鍛え上げる。91年にはリリーフエース津田恒実病気離脱というアクシデントがあったが、佐々岡真司の活躍もあり投手王国を維持してリーグ優勝。しかし北別府らは既に晩年であり、投手力が弱体化した93年には最下位に落ち山本は辞任。同時に逆指名制度というダブルパンチを喰らい投手陣の整備はその後も進まず。その傍らで野手は、厳しい土壌から這い上がってきた前田智徳・江藤智・緒方孝市らが成長し強化されつつあった。

巨人V9以降目に見えてBクラスが増えてきた中日。この頃も山内一弘監督が2年連続5位に低迷し、86年シーズン途中で休養の憂き目に遭っていた。
そんな窮状を外野から見ていたのが、87年から監督を務める星野仙一である。彼は「劇薬」ともいうべき大型トレードを次々に敢行してチーム力を強化していった。就任してまもなく「巨人にだけは行かせてはならない」落合博満1−4という交換トレードで獲得。これで打線の軸を作ると、翌オフも西武から小野和幸を獲得。小野は最多勝を挙げる活躍で88年の優勝に貢献した。そのオフも巨人から西本聖を獲得。この年は巨人の独走もあり何とかAクラスの3位を確保。その後は特に大きなトレードも無く、チームも4位・2位とまあまあだったが91年限りで星野勇退。
後を継いだ高木守道監督。初年度の92年は最下位だったが借金は10と悪くなく、翌年は今中慎二・山本昌広の左腕Wエースが並び立ちヤクルトと優勝争いを繰り広げるも2位。だがこの年導入されたFA制度により、主砲・落合巨人に移籍することとなる。

選手会脱退事件で暗いイメージが降りかかったヤクルト。池山隆寛・広澤克実・長嶋一茂・荒木大輔という人気選手を集め払拭したが、反面仲良しクラブ的状況に陥りBクラスをウロウロ。そして断腸の思いで野村克也を招聘。これで暗いチームに逆戻りしたが、選択は間違ってはいなかった。
ドラフト戦略がビシビシと決まったのもこの頃で、89年には西村龍次古田敦也、90年には岡林洋一・高津臣吾、91年は石井一久、92年は伊藤智仁を獲得しチーム力を強化。飯田哲也土橋勝征ら守備名人の抜擢で穴をなくしていった。92年にヤクルト球団2度目の優勝に導くと、93年には常勝西武から日本一の座を奪回した。尚これ以来セリーグは連覇した球団がなく、逆指名FA制度を巧みに使った球団は現在まで現れていないという証拠でもある。強引に導入したのはセリーグである巨人なのに…

この時期(86〜93年)も完全に蚊帳の外に置かれた横浜大洋。優勝どころかAクラスすら1度しかないという低迷ぶりは、もはや偶然が重ならない限り上昇は不可能とさえ思えた。近藤貞雄監督時代に形成された屋敷要・加藤博一・高木豊スーパーカートリオも起爆剤になれず。逆に彼らを帰すポイントゲッターで、好成績だったレオン突如解雇するなどして迷走。
90年に巨人戦になると俄然燃えた野村弘樹の活躍もあり3位に浮上したが、光ったのはこの年だけ。92年には市民球団を目指すべく「横浜ベイスターズ」へと名称を変えた。



埼玉に本拠地を構え、82年の優勝以降も手を緩めず一気にパリーグの盟主的存在となった西武。85年の日本シリーズ敗退で広岡達郎監督は辞任したが、後任の森祗晶監督も広岡流の管理野球を徹底し常勝を維持。86〜88年は日本シリーズ3連覇と、黄金時代到来を完全に根印象付けた。
優勝を逃し3位に甘んじたのは89年だが、この時優勝した近鉄とは勝率2厘差という凄まじさ(2位オリックスと1厘差)で、この年優勝していれば巨人を超える10連覇となっていたのだから悔やまれる。その反発からか90年は独走優勝、日本シリーズでも巨人に4連勝と圧倒。
91年・92年には再びライバル・仰木近鉄との競り合いとなったが、これを蹴落とすと日本シリーズでも苦しみながら広島・ヤクルトを振り切って再びV3。しかしこの年のオフ、フロントで黄金時代を支えてきた根本陸夫ダイエーへと移り翌年監督に就任してしまう。これで片腕をもがれたの如き西武、93年は優勝こそ果たしたが日本シリーズでヤクルトに敗れると、追い討ちをかけるかのように主力選手の流出が始まってしまう…

その根本を招聘したのがダイエー。かつての栄光が嘘のようにBクラスを続けていた南海買収した球団である。
ダイエー初代監督は、南海時代の86年からその座にあったかつてのエース・杉浦忠。戦力が整わない中、87年には10引き分け、89年には7引き分けという粘りのペナントを展開しいずれの年も4位で89年オフに田淵幸一に監督の座を譲る。しかし90年は勝率.325とこの年首位打者の西村徳文(.338)より低いという笑えない成績で最下位。その後も5位・4位で92年限りで田淵は辞任。そして根本監督の誕生となるのである。実質GM兼監督の彼は、采配よりも選手を揃える事に邁進。93年は最下位だったがこの年のオフ、戦力強化にうってつけの逆指名・FA制度が誕生して追い風が吹いた。

西本幸雄監督辞任後は平凡な成績が続いていた近鉄。岡本伊三美監督の下86年は2位に浮上したと思ったら、その翌年最下位に沈み再び弱小時代に逆戻りせんという状況で、仰木彬監督が就任する。
するとたちまち再上昇。しかし88年はあの伝説の10・19を生み出し惜しくも優勝を逃す。翌年も熾烈なペナントとなり、わずか1厘の差でオリックス・西武を振り切って優勝のテープを切る。その後は黄金時代の西武と激しい優勝争いを続けるも今一歩届かず。しかし仰木在任中は一度も下位に沈むことなく、92年限りで勇退した仰木。
三振の多いブライアント、特殊なフォームの野茂英雄の抜擢に特筆されるように、選手の悪癖を弄ることなく長所を最大限に引き出す采配を見せ一世を風靡した仰木。しかし後任は彼と正反対の性格だった事が再び停滞を引き起こし、興行面でも落ち込んでしまう事に…

一度はトラブルで辞任したが81年に再び就任した上田利治監督の下チーム力を保ってきた阪急。だがその財政面は苦労していたのか88年身売りの憂き目に遭ってしまう。
球団を引き継いだオリックス。神戸を準本拠地とし(91年に本拠地へ)人気回復といきたい所であったが、やはりそちらの面では苦労。89・90年にはブルーサンダー打線が猛威を振るい両年とも2位に付けたが、90年限りで上田が勇退し土井正三が監督になるとどこかチグハグしたものに。ブーマー・松永浩美・石嶺和彦など打の主力が次々とチームを去り、強さだけでなくチームとしての魅力も失う結果となってしまった。結局3年間いずれも3位だったが優勝争いには絡めず土井はチームを去る。そして白羽の矢を立てた先は、近鉄で一時代を築いた魔術師であった…

81年の優勝以来、平凡なチームと成り果てていた日本ハム。優勝に導いた大沢啓二監督はフロント入りし戦力整備に務めたが、結果は出ない。その間に高田繁・近藤貞雄・土橋正幸が指揮を執っていたが、92年までの最高順位は3位、それも2度だけという不甲斐なさについに自身が復帰。すると息を吹き返したのかチーム成績も上昇。93年は常勝・西武と最後まで優勝を争い1ゲーム差に泣いたが復活をアピールした。主砲のウインタースの活躍が目立ったが、その後は外国人助っ人の成績が順位に直結するトンネルにはまり込んでしまうとは予想だにしなかったであろう。

86年オフの落合の放出以来良い所が無くなったロッテ。その後は4位すら無いという低迷の淵に嵌ってしまった。
不思議なのは、そんなチーム状態でも高沢秀昭・平井光親・西村首位打者を獲得するバットマンが現れていた事。しかしそれでもチームの起爆剤にはなれず。やはり三冠王選手を簡単に放出した事が深刻な影響を及ぼしていたと推測される。



逆指名・FA制度の導入。巨人が発案し、他球団の過半数がそれに同調する形で成立したもので、この時期に就任した渡辺恒雄巨人オーナー「長嶋茂雄監督で再び常勝巨人を」という思考が働いたものだろう。それで実際に常勝軍団を築ければ野球界も渡辺の天下となったのだろうが…



以下現在までの流れ。
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2006年外国人事情 〜セリーグ2

<ヤクルト>

・陣容
既存選手
ガトームソン
05年途中に入団。ヤクルトの投手ならではのバッティングの良さも披露するなど活躍を見せ8勝。縦回転のスライダーと140キロ後半のストレートのコンビネーションは魅力だが、脆さも持ち併せ防御率は4点台。ラロッカの加入で混沌とした外国人枠争いに勝てるかどうか不安であった。
開幕一軍スタートで4月2日阪神戦に登板も、まずは脆さが露呈する格好となり猛虎打線に掴まって敗北。2試合目の9日広島戦は7回2失点と好投するも、翌日何故かファーム落ち。思えばこれが不信感を募らせる起用の始まりであった…27日の中日戦でも7回1失点、初勝利を挙げるのだが翌日またもファーム落ち。その理由は言わずもなが野手の方がラミレス・ラロッカ・リグスで固定されたためゴンザレスと併用するためなのであるが、そうまでしないと体勢を整えられないぐらいな状況の日本人先発陣に問題があるのは言うまでも無い。先発陣を整えようともせずに応急措置でいける所までいった結果が、

払えない金額を要求して退団→要求よりはるかに安い価格でソフトバンク移籍

であるという事をどれだけヤクルトフロントが痛感しているのか。ガイエル・グライシンガー獲得を見ていると全然懲りていないように見える。
話を戻せば、脆さが同伴していた前年とは打って変わって安定感を身に付けた06年。5回未満での降板は1つも無く、5月25日の楽天戦ではノーヒットノーラン達成という快挙を魅せる。技術的には新たにフォークボールをマスターしてピッチングに幅が出来たのが大きかった。同じ落ちる球といってもやはり縦のスライダーとフォークボールでは軌道が違うものだし、この2つを使い分けれるようになったのは大きな収穫。ソフトバンクではこの投球を続けられるかどうかがカギだが、オフのゴタゴタもあり気持ちの面の方が心配である。
  シーズン後:退団→ソフトバンクが獲得

ゴンザレス
そのガトームソンと併用で扱われたのがこのゴンザレスであるが、過去2年併せてようやくガトームソンと同じ勝ち数になるという成績なので不平不満は現れなかったようだ。
04年シーズン途中に入団。先発リリーフどっちつかずだったが精密機械のようにスライダーをコーナーに配するコントロールで4勝。当然05年は柱として期待されたがオープン戦で打球を指に当てて骨折してしまい、おかげで出遅れるだけでなく復帰後コントロールが乱れる結果となってしまった。
真価を問われる3年目だったが外国人枠争いに敗れて開幕二軍。最初にガトームソンが抹消された2日後に登録されるが、登板無いままガトームソンと交代で再びファーム。全くこんな扱いされてよく不満を漏らさないものだと尊敬する。初登板は4月28日阪神戦、6回2失点と好投したことにより併用路線が確立。そのまま9勝を挙げる活躍でチームを救った。
ガトームソンと並ぶ2完投とイニング数・登板数こそ及ばないが貢献度は甲乙付け難い。だがガトームソンと比べると球威が物足りなく、被打率はガトームソンの.227に対して.262と高くどうしても見劣りするし、結果的にゴンザレスを取ってガトームソンを手放す羽目となったヤクルトフロントにも失望せざるを得ないのである。今季もグライシンガーとの競争が待っているが、高市がモノになればたまには彼1人に任せたって良いのではないか…
  シーズン後:残留

ラミレスJr
ラミレスだけが期待の左腕投手。
とりあえず、彼をどう評価すればいいのか教えてください。(逝け)
義父の発奮材料なんて言ってるけど契約してから成績下げてるし
  シーズン後:残留

リグス
古田PM構想で超攻撃型2番打者を期待された2年目。入団当初はセカンドと外野を兼任するサブプレイヤーとしての期待しかなかったような気がしたのだが、それが昨季にはスラッガーとして期待され、その期待以上の働きをするのだから解らんなあ…
開幕直後は岩村が故障で出遅れというのもあって3番。その後はベテラン真中の予想以上の活躍(ようは確変)もあって6番を打つのであるが、ラミレス・ラロッカは不動の4・5番だからこの助っ人3人をズラーっと並べる打線はガトームソン・ゴンザレスの併用と同じぐらい「応急措置」的で気に入らなかった。5月4日以降は不動の2番。4月こそ打順が動き回っていた影響か振るわなかったが、その後は語るまでも無くホームランを量産し8月は月間MVPも獲得。1番の青木と得点数を激しく争い、その相乗効果もあり攻撃力に関してはリーグトップといえた06年のヤクルト。それでもワンアウト三塁で1点取れなかった場面が目立ち、日ハム・中日のような1点を取りにいく野球は皆無に近かった。まさに外国人スラッガー頼りきりによる応急措置の結果である。
ともかくラロッカが抜けたことにより、今季は3番が期待されている。マークは厳しくなるだろうが真価を見せてもらうことにする。
  シーズン後:残留

ラミレス
日本球界6年目となった昨年。来日した当初は下位打線。アッパースイングでローボールヒッターと弱点も多かったが、下位だからこそたまの爆発が光っていた。ペタジーニがチームを去り4番を任されることとなりどんな打者になるのか注目したが、不安とは裏腹に03年は大爆発。「3割・30本・100打点」を遥かに上回る.333・40本塁打・124打点でヤクルト打線の隆盛を維持。翌年もこの壁を乗り越えたが故障離脱もあり終盤は古田に4番の座を譲った。05年は打率を落として.282、本塁打と打点はノルマクリアしたが不安を覚えるシーズンとなった。
そして昨年。打棒爆発のリグスと広島から移籍してきたラロッカとで打線の中心を担い、古田PM発案のFプロジェクトにちなんで「Fブラザーズ」と呼ばれる。その華やかさとは裏腹に打率は2年連続で下降。4・5月こそ3割を維持し中心打者の威厳を保っていたが交流戦後からチーム成績とともに徐々に下げていった。本塁打も30本を下回り長打率は過去最低の数字(.449)だったし、出塁率も3割を割って投手に対する威圧感も無くなってきた。それでも4番として無くてはならない存在だったのはチーム最多の112打点を稼ぐ執念があったからで、犠飛もリーグトップの10個記録した。
3年契約の最終年となる今季だが、上記の通り6月以降上昇月が無かったのと7年目という年数が不安材料となる。
  シーズン後:残留

日本から新加入
 シーズン前
ラロッカ
広島で2年間プレー。入団当初は内野のユーティリティぐらいの期待だったのが、シーズンが進むにつれて中日除く11チームが防御率4点以上という馬鹿シーズンの流れに乗ってボカスカと打ちまくり40本塁打。後半戦は4番の重責を完全に全うしたし、11盗塁と機動力も悪くなかった。いくら活躍した助っ人の首切りが早い広島でも年俸約1億アップで再契約したのは当然過ぎるほど当然であり、セカンドでは物足りなかった守備も05年はサードを守ることが規定路線となっていた。だが開幕2戦目で故障発生。この間に代役の新井が凄まじい活躍をした事により再びセカンドに回ることとなって故障との戦いが始まる…
結局全ての面で成績は半減し、盗塁も一気にゼロとなった。当然シーズン後には自由契約となったが、そこを拾ったのがヤクルト。年々弱体化するセカンドの強化にと獲得したのだが正直この補強には疑問が残った。というのも、戦力不足に陥っても佐藤や城石や鈴木の抜擢とか知恵で乗り切ってきた以前のヤクルトでは考えられない安易な補強という風に移ったからである。打撃を売りにしたい古田PMの気持ちは解らないでもなかったが…
打順を動かされて出足が悪かったリグスとは対照的に出だし好調。3割を維持して交流戦に突入するとさらに上昇し、交流戦終了時には.325と2分も上がり本塁打も15本。不動の5番打者の地位を築いたかに見えたがペナント本戦に戻りブレーキ。8月中旬に故障離脱するまでわずか3本塁打、打率も2割8分台まで下げてしまった。前年と比べて140打席多かったにも拘らず本塁打は同数で打率・長打率を落としたのは問題あり。リーグ最多の20死球と内角攻めが徹底されたことも影響したか(04年も23個)。本拠地が変わったといっても広島→神宮だし…。岩村のメジャー移籍で残留するかと思ったが、やはりラミレスと2人後半に成績下降させた者を残留させるにはちょっと、と球団は考えたのだろう。
  シーズン後:退団→オリックスが獲得

<阪神>

・陣容
既存選手
ウィリアムス
05年の「JFK」の一角を担う活躍で知名度は言わずもなが。今思えば「WFK」なんぞやらずにとても良かったと思う。そのスライダーはテレビでも鋭角に曲がってくるのが容易に見え、左打者が避けようとした所急激に曲がってストライク、なんて場面もしばしば。
03年に入団。当初クローザーとしての期待はポートであったが、故障を抱えて不調であった事により急遽という形でクローザーに座る。これが見事にはまり阪神独走の立役者の一人となった。終盤にバテが来て日本シリーズではどうかと思われたが好投、当然翌年も残留である。だが04年は苦難の道を走る。不調からか癖を見られたのかスライダーが見極められるようになり防御率は倍以上も上昇する結果となってしまった。アテネ五輪代表に選ばれ(オーストラリア)、そこで日本の前に立ちふさがった事で評価を得たが、正直05年はどうなるか解らなかった。それがあの05年の快投である。
06年も同様の働きが期待されたが、開幕前左膝の故障で出遅れ必至となる。手術→リハビリを経て復帰したのが5月31日の楽天戦。7回を完璧に抑えると後の藤川も8回を抑えさあJFK復活、という所で久保田が炎上。復帰していきなり記念日とはならなかった。とはいえ必殺スライダーは昨年も健在。6試合目の6月13日楽天戦で2失点した以外はほぼ完璧で、久保田二軍落ち以降も健気にセットアップを続ける。
後半戦、「藤川の3イニング熱投」(7月30日ヤクルト戦)を境に阪神はチグハグした投手起用となる。その煽りを受けウィリアムスもおかしくなり、8月18日の試合(ヤクルト戦)では無安打4四球という乱れぶりでサヨナラ敗戦。この試合前まで1.03の防御率がシーズン終了時点で1.90まで上昇。ハイレベルなのには違いないが、この後半戦の失速は今季を占ううえでの不安点。
  シーズン後:残留

ダーウィン
05年は3試合のみの登板。持ち球であるナックルチェンジという特殊変化球だけが注目されたシーズンであり、06年も外国人の陣容はブラウン→オクスプリングという変化だけ。
当然外国人枠からあぶれる第一候補というのが周囲の予想であったが、リリーフの一角・ウィリアムスが出遅れ必至となり開幕一軍を勝ち取った。初登板の4月5日広島戦で1失点したがその後は無難に抑える。だが4月はわずか5試合の登板で磐石の信頼を寄せたとはいえなかった。だがこの活躍で軌道に乗り5月は12試合登板で失点わずか1。藤川ばかりが先行して目立っていたがダーウィンだって防御率0点台をキープさせウィリアムス不在の危機を救った。
交流戦を終えると登録抹消され、復帰した6月28日(広島戦)では先発マウンドも任される。オールスターまでに3試合先発したがいずれも勝敗付かず。5〜6イニングをきっちりと投げ抜く献身的な姿勢で再びチームに貢献すると、後半戦は再びリリーフへ。だがその最初の登板となった7月26日(中日戦)、7回からマウンドに上がるが3失点して敗戦投手。29日ヤクルト戦でも3失点して敗戦。いずれも四球絡みからの連打によるもので、パワーピッチャーにありがちなコントロールの乱れという落とし穴にはまった格好。これでリズムを乱してしまったのか以降は不安定なピッチングを続け、オールスター前は1点台だった防御率は最終的に3.79。JFKの低迷期と一緒に不振に陥ってしまい、その結果が後半開始直後のチームの低迷に繋がってしまった。ともあれ1年目から大幅に数字を伸ばした事に変わりは無く、来季はウィリアムスと左右外国人コンビを結成したい所だ。
  シーズン後:残留

シーツ
今やすっかり打撃の人。元は広島が守備を期待して獲得した助っ人だったはずだが…。今でも今岡らの悪送球のピンチを救う場面は多々見られるが、あのショート守備をもう一度見たいと懐古に走ったりもする。
シュアなバッティングは広島時代から定評があったが、調子の悪い時は苦手な高めストレートに手を出して凡打→高めを意識して落ちるボールに手を出すという悪循環。アベレージ型なのに毎年100三振以上記録しているのがその何よりの証拠。広い甲子園が本拠地となりホームランも減り、地味に正念場となった昨年。
開幕から打撃好調で4月は.356、6本塁打と爆発。交流戦でその勢いはやや衰えたが、終始3割以上をキープし安打数はチームトップの180にもなった(リーグ2位)。1・2番が若干不安定になったため打点は前年より落ち、三振・併殺打も相変わらず多い(120三振・18併殺)結果となったが、無事に06年を乗り切って残留となった。金本・矢野と主力が40歳に迫ってきたので今季もその期待は大きい。
  シーズン後:残留

スペンサー
今一つ残留した理由が解らなかった右の大砲。05年は桧山との併用で調子を維持出来ずたまの爆発で貢献したという程度。この手の選手にはフルに出場すれば…という期待は誰もが持つものだが、それはレギュラーで出られる環境があってのこと。過去2年と違って濱中の復帰が十二分に見込まれたシーズンだったから本人のためにも自由契約で良かったのではないだろうか。
飽和状態なライト故開幕二軍。それでも4月11日に登録され濱中・桧山・林と打力タイプの外野が揃ってしまい、その割に内野の控えがガラガラという歪な陣容を作ってしまった。一時期の好調で1番に起用された事もあったがそれを維持出来ず。ベンチが多くなるとあろうことか首脳陣に直訴というやってはいけない事をやり、それで濱中が弾き飛ばされるという矛盾に満ちたオーダーを作る原因となってしまった。成績については解雇されても当然というものでとりわけ語るものではない。
  シーズン後:退団

外国から新加入
 シーズン前
オクスプリング
ウィリアムスと同じオーストラリア出身。04年のアテネ五輪での好投が先行するが、アメリカでも05年にようやくメジャー昇格を果たすなど上昇機運を持って入団。
初登板の広島戦(4月6日)では7イニング無失点の快投、与四死球ゼロという安定性を魅せる。この制球力は魅力なのだがクセが無く凄みも無いから、少し打たれれば起用するほうも不安になってくるのだろう。2試合目の中日戦では4回3失点で降板、被安打わずか3(四死球はゼロ)にも拘らずである。結局春先こそローテーションの一角に入っていたがウィリアムス復帰に伴い降格・昇格を繰り返した。特に8月の乱れは致命的で、13日の中日戦では8回に救援もワンアウトも獲れず4失点。26日巨人戦で4回途中6失点と散々にやられて一軍から姿を消すことに。15試合先発のうち5イニング未満が6試合という脆弱ぶりでは解雇もやむなしだろう。
  シーズン後:退団

<中日>

・陣容
既存選手
マルティネス
25歳の若さで05年に入団。投手がしっかりしていた中日だけあって育成も視野に入れての獲得だったはずだが、投手陣全体の不安定ぶりに伴い交流戦で早くも戦力入り。長身からの角度あるストレートとチェンジアップが武器の左腕である。
06年は開幕からローテ入りである。肩痛からの復帰を目指すドミンゴとの外国人コンビにかかるウェイトは大きかったはずで、開幕2戦目にマルティネス、3戦目にドミンゴが登板した事でも明らか(いずれも広島戦)。マルティネスは7回途中まで10人走者を出しながら粘りのピッチングで勝利。その後2試合は安定した結果を残すが勝利には結び付かず、4試合目となった4月22日・広島戦では1回3失点で降板。次回登板(28日・巨人戦)でも4回降板と早くも暗雲が立ち込める。ドミンゴはその頃首脳陣に造反を起こしてファームにおり、この結果落合監督は両外国人を軸に先発を回すという構想を捨て朝倉・佐藤充・小笠原を抜擢。藤井2番を4試合で諦めた落合ならではの切り替えの早さである。
その後は朝倉がゲームメイク率(5回以上投げた割合)100%、佐藤充の5連続完投含む8連勝という活躍もあり目立たぬ存在となったが建気にローテーションを守る。このライバルに触発されたか5月は4試合連続で7イニング以上を投げて意地を見せるも、5月ラスト登板の31日オリックス戦で3回途中降板し勢いは止まる。オールスター直前の際も真っ先に中継ぎに回され信頼感の無さが浮き彫りとなり、阪神・オクスプリング同様に早い回で3失点ぐらいしようものなら容赦無く交代させられ、その度に「もっと投げたかった」などというコメントも発表されるわで不満を抱いているのは容易に想像できた。そして球団は残留検討も、メジャー移籍の意志は固く退団することに。
  シーズン後:退団

ドミンゴ
マルティネス以上に気持ちにムラのあるドミニカンの剛球投手。04年には10勝を挙げたもののすでにこのシーズン後半はどんなに好投していても6〜7回がやっと(被安打1なのに6回降板とか)という現象が見られ、その不安は05年肩痛で登板わずか3試合という結果に現れる。当然2年契約の2年目であった06年は正念場。
首脳陣の期待も高く、開幕3戦目に先発し勝利。とはいっても6回途中までしか投げれず全盛期とは言い難かったが。2戦目の4月9日・巨人戦で3回降板して敗戦。するとあろうことか、首脳陣の練習要請を拒絶するという造反劇を起こしてしまいファーム落ち。これで信頼は一気に崩れた。再昇格後勝利を挙げたにも拘らずその後一切登板なしというのが暗示的で、シーズン真っ只中の8月中旬にはや解雇が決定した。
  シーズン後を待たずして退団

チェン(陳偉殷)
19歳で入団と獲得の意味合いは高卒ルーキーとほぼ同じの台湾出身左腕。04年は未登板に終わったもののはや一軍を経験し、05年には10試合に登板。
着実に経験を積んでいたのだが昨年は故障でファームでも未登板に終わってしまった。そのリハビリを兼ねる意味合で育成枠にシフトチェンジしたが、既存選手の育成枠入りは巨人の2選手(平岡・横川)が戦力外となっているなど非常に厳しい状況に追い込まれた事を意味する。果たして巻き返せる日が来るのだろうか…
  シーズン後:育成枠入り

ウッズ
過去3年で本塁打王2度という説明不要の大砲。横浜時代の勝負弱さ(得点圏打率2割前半)もあり、05年のV逸の原因は彼の加入で1点をとりに行く姿勢が失われたからとか守備が乱れたからとか揶揄される事となったが、年齢を感じさせないパワーは圧巻である。
前年の前半戦は打率2割前後という不振にあえぐなど苦しんだが、06年も同様にスロースタート。それでも4月後半辺りから徐々に調子を上げてきたのが前年との違いで、藤井(ヤクルト)にパンチというような乱闘劇も起こさず.292、7本塁打で交流戦を迎える。交流戦では日ハム・ソフトバンクに代表されるクオリティの高い投手陣に苦戦し打率を落とし、ペナント本戦に戻っても調子はトントンでオールスター直前は.283、21本塁打。大爆発で巨人打線を一人で担っていた李に比べても物足りない数字であった。
後半戦に突入しここから本領発揮。8月1日からの横浜3連戦での3試合4発(1試合2発×2)をはじめ9日広島戦でも1試合2発。翌9月も豪打爆発で2ヶ月連続で月間9本塁打。オールスター前に李と8本差があったのだがこの時点で逆転。荒木・井端の1・2番コンビの復調も相まって打点も激増し、100打点がやっとの前年までと決別し144まで数字を伸ばした。10月も12試合で6発放ち最終的に47本塁打で3度目のタイトル、単独での受賞は初であった。
だが日本シリーズでは再び日ハム投手陣に苦しみ爆発せず。38歳という年齢も不安でそろそろ厳しいかもしれない。
  シーズン後:残留

アレックス
03年に入団。その強肩を生かしたセンター守備は一流だがバッティングの方は波乱を極めた3年間であった。ウッズの2年10億という評価に怒りを表したりもしたがやはりパワー不足で飛ばないボールが主流となった05年は低迷。立浪の衰えと同時多発的だった事が連覇を逃した原因の一つとなってしまった。
高齢化故守備範囲の面で不安視されたのかレフトへコンバート。最初の4試合は6番を打ったが藤井がスタメン落ちしてからは不動の5番。エンジンのかかりが遅いウッズとは対照的に出足好調。交流戦前まで3割キープ、本塁打もウッズと同じ7本であったがその後調子を落とし交流戦も終わる頃にはしっかりと3割を割っていた。7月には2割7分台まで打率を落とし、本塁打のペースも2ヵ月半で3本と全然。ついに8月4日6番降格となり、5番には成長著しい森野が座ることに。その後8月下旬には2割9分台まで持ち直したが、結局は前年とほぼ変わらぬ成績に終わった。得点圏打率は初の3割越えを果たしたものの本塁打数で数字を落とした事からか、もう上がり目は無いと判断されてついに自由契約。
  シーズン後:退団

外国から新加入
 シーズン前
ガルバ
年俸1000万という安さでテスト入団を果たした左腕。110キロという巨体からの重いストレートが魅力的に写ったのだろうが…
ドミンゴの造反に伴い一軍昇格。初登板の22日・広島戦では1イニングを三者凡退の2三振と上々。2試合目(27日・ヤクルト戦)も2イニングを無失点に抑えるが、3試合目の30日巨人戦でやってしまい、二岡に満塁アーチを浴びるなど5失点。この試合を最後に一軍登板は無かった。ファームでも防御率4.70とあっては解雇されて当然であった…
  シーズン後を待たずして退団

2006年外国人事情 〜セリーグ1

<横浜>

・陣容
既存選手
クルーン
言わずと知れた160キロ腕。だがそれを対眼した打者は口を揃えて「絶対に打てないなんて事は無い」と言っていたので慣れられたら怖いであろうという印象。変化球も実質フォークぐらいのものだし。
チーム不振で登板数が限られ、初セーブを挙げたのが4試合目の4月19日(広島戦)と遅め。そのため調子を崩したのか、5試合目の21日・ヤクルト戦ではまさかの4失点で逆転負け。2日後の同カードでもセーブこそ挙げたがラミレスに被弾と不安定。結局4月は7試合のみの登板でセーブも3つだけ。
失点した試合は48試合中8度なだけに1試合での大量失点が露骨だった。上記のヤクルト戦の他5月27日オリックス戦でも4失点でサヨナラ負け。これが防御率3点ジャストという物足りない結果に繋がってしまった。その快速球でエンターテイメント性は十二分に提供できたので今季以降は納得できる結果が欲しい。
  シーズン後:残留

外国から新加入
 シーズン前
ソニア
開幕直前に駆け込むように獲得した右腕。さすがに故障上がりのベバリン1人では辛いと見て獲得に走ったのだろうが、メジャー経験無く資金も格安とケチケチ路線ならではの補強というのが見え見え。安くても活躍しなければ資金が無駄になるから、投手が一向に安定しない4・5月の横浜の戦いぶりで「ああもうフロントは勝負を捨てたんだな」としか感じなかった。
初登板は4月16日の巨人戦、6回表から2イニング投げたが2失点といきなり暗雲漂う内容。ストレートは140キロ台中盤だがキレに乏しいからスライダーが生きない。結局春先不安定だったクアトロK(木塚・加藤・川村・クルーン)が落ち着きを取り戻し自然と敗戦処理に成り下がる。この中途半端な球威と与四死球率4点台という不安定さ故、どうしても大事な場面では使えない。結果として防御率3.82はまずまずだがやはり役所を割り引いて解雇という結論に至ったのだろう。実際僕がフロントでもそうする
  シーズン後:退団

日本へ出戻り
 シーズン前
ベバリン
ヤクルト時代の2年間で17勝を挙げた先発右腕。ヤクルト解雇の理由が右肩痛なため、肩が戻ればそこそこの活躍を果たすだろうと踏んで飛び付いたのだろう。テスト入団という事で資金もソニア同様格安で済んだ。
まずはヤクルト時代の彼を振り帰ってみよう。03年開幕直前に入団、調整もままならない中藤井故障の穴を埋める活躍で8勝。だが後半戦で肩を痛め離脱。04年は万全の体調でフル回転が期待され、開幕投手を務めるとそこで初本塁打も放ち見事勝利。そこからオールスター前まで9勝を挙げる活躍を魅せるのだが、ピッチングのリズムは良くなかった。制球の悪さに加え得意球のカーブのキレが鈍り、古田のリードを頼りにしても空振りが奪えず球数を費やす苦しい登板が続いた。そしてオールスター後は1勝もできず再び肩を痛めて退団する羽目に。
05年の1年をリハビリに費やし体調面での不安は払拭されつつあったが、ブランクを埋める事は出来なかった。初登板の4月6日中日戦こそ5回2失点とまずまずだったが以降試合を作れたのは皆無に近く、30イニング以上投げて防御率は驚愕の11点台を記録。古田のリードが無ければこういう結果になるのか…
  シーズン後:退団

<広島>
・陣容
既存選手
ベイル
04年は先発で11勝を挙げ、05年はリリーフエースとして活躍した。変則投法からの縦のカーブは驚異的で、昨季もリリーフエースの役割からスタート。
同じ外国人クローザー・クルーン(横浜)とは対照的にロケットスタートを魅せ、4月は9試合投げて失点ゼロ(セーブは4)。緻密な継投を図るブラウン野球のアンカーとして無くてはならない存在だったが突如暗雲が走る。5月13日のロッテ戦でマウンドに上がるも5球投げた所で故障発生、打者0人でマウンドを去り登録も抹消。この抹消期間中に永川が奮闘し穴を埋めた事により先発転向が検討されそれが現実となったのが7月8日の巨人戦。しかしここでも2イニングで足を痛め途中降板。オールスター後再び先発マウンドに登るがやはり故障がちで5回を投げた事すら1度だけ。最後は再び故障発生で一軍を去ってしまった。
  シーズン後:退団

ロマノ
何が良いのか解らなかった05年だったが残留した右腕投手。印象を一言でいえば劣化版ブロックか。彼を残してデイビーを切ったのは不可解と思うかもしれないがデイビーは性格に問題があり(詳しくはこちら)ブラウンが提唱するALL−INにそぐわない選手だったからだろう。
それでも層の薄い広島投手陣故開幕一軍。最初はリリーフだったが4月19日に先発起用。5回2失点とゲームは作ったのだが失点はいずれも5回、それも連続ソロアーチによるもので早くも暗雲が立ち込める。以降5イニングは投げるものの失点を重ね不安定さが浮き彫りとなってくる。6月18日・日ハム戦で2勝目(5回2失点)を挙げてからはリリーフで、8月下旬に先発復帰するも不安定さに拍車かかっており、それでもベイル・ダグラスの故障もあって使わざるを得なかった。当然シーズンを待たずして帰国、解雇。

  シーズン後:退団

フェリシアーノ
選手登録されたのっていつだっけ?確か04年開幕前だったはずだが記憶が曖昧である。デビュー戦は確か巨人戦で、5回7失点だったような…。その後も出ては責任を果たせずの繰り返しで、昨季もダグラス・ベイルの故障離脱でチャンスが回ってきたが全く先発の役目を全う出来なかった。
  シーズン後:退団

外国から新加入
 シーズン前
ダグラス
黒田・大竹と先発3本柱を形成すべく獲得した右腕。27歳と若く、過去3年尻上がりにメジャー登板数を増やしており(05年には5勝)今が旬の選手。140キロ代後半のストレートをツーシーム・カットボール気味にクネクネと動かす打者にとって嫌なタイプである。
3本柱にシーズン100試合登板を課したブラウン、大竹がはや離脱し黒田が勝ち運に恵まれない中序盤から奮闘。初試合(4月2日中日戦)こそ5回を投げ切れなかったが2試合目(8日・ヤクルト戦)は7回無失点・被安打1という快投で来日初勝利。30日の横浜戦から4連勝を果たす活躍、ひたすら中4〜5日で回り続け支柱としての役割を担った。球を動かす投手と聞けば打たせて取るタイプに多いのだが、6月2日のロッテ戦では13奪三振を記録するなど三振も取れる。特にツーシームの曲がりが大きく左打者から三振を奪う場面が目立っていた。
6月23日横浜戦にも勝って9勝目。ここから右肩を痛めて以降ほぼ棒に振ってしまった。今季を見据えて9月終盤に復帰し4試合登板(2試合リリーフ)。先発に上がっても2イニングで降板とブラウンならではの異常な慎重さが目に付いたが投球内容は完璧で、今季は黒田ともに30試合以上先発を期待する。
  シーズン後:残留

マルテ
06年開幕前に支配下選手登録された今では砂漠化しているドミニカ・カープアカデミー出身選手。粗削りながら150キロ超のストレートが魅力という典型的なホープであり、早速ファームでクローザーを任される。
チャンスは唐突で、ベイルが故障した8月16日に一軍昇格。早速リリーフ登板し(中日戦)2イニングを無失点。3試合目のマウンドとなった20日・横浜戦では危険球退場のロマノの後を受け緊急登板したが暴投もあり敗戦投手に。結局12試合に登板し防御率1.59と数字は良いが、自責点にならない失点が5もあったので額面どおり誉める訳にもいかない。といってもアピール自体には成功したといえる。ドミニカの砂漠化を止められる日は来るのか。
  シーズン後:残留

<巨人>
・陣容
既存選手
姜建銘
05年にひっそりと育成目的で入団した台湾出身投手。その年はファームで2試合の登板に終わり、昨年も開幕は二軍スタート。
ファームでのローテーション入りが当面の目標であったが、そんな彼に転機が訪れたのが交流戦終盤。チームの低迷に伴い6月14日にいきなり一軍昇格。同日のオリックス戦でプロ初登板を果たし1イニングを無失点。その後19日に抹消されたから「ああ観光的昇格だったんだな」と思っていたが、この後実力が付いたからこその昇格だと考えを改めさせられる日が来るとは…
8月17日に再昇格。18日の中日戦でリリーフ登板。ここで好投したからなのかどうかは定かではないが、22日の横浜戦でいきなり先発マウンドへ。臆する事無くガンガンボールを投げ込むと、7イニングを被安打3に抑える快投で見事にプロ初勝利を手にした。その後当然ローテーションに入り、27日阪神戦で7回途中1失点、9月3日中日戦ではなんと完封で2勝目を挙げるのだ。しかもここまでただの一つも与四死球は無く、若干21歳の投手にここまでのコントロールを見せ付けられるとは誰が想像出来ただろうか。その後はパスポート取りに帰国して若干勢いは衰えたが8試合先発で3勝2敗、平均イニングは7を超える安定感であった。技術的な面を一つ言えば、投げに行く際に左手グローブが遊んでいるのが気になるところ。肩が開く原因になり易いので、開幕時からローテーションに入り疲労が溜まった時には要注意である。
  シーズン後:残留

外国から新加入
 シーズン前
グローバー
メジャー通産21勝の右腕投手。前年(05年)は先発で5勝するも防御率は5点台。それ以前はリリーフのシーズンもあったりで中途半端。メジャー定着のためにも日本球界での経験は必須であった。140キロ代後半のストレートとカーブを軸にした多彩な変化球が持ち味。
初登板は4月2日の横浜戦だったが5回を投げきることが出来ず。以降日曜日がグローバーの仕事場となり、2試合目(9日・中日戦)は6回3失点で無事に初勝利。それ以降勝利は挙げるものの不安定な投球が目立ち、4月は3勝1敗ながら防御率5点台で終える。5月は故障者の関係で中5日になるが、2試合連続でノックアウトされ信頼を失うとその後も打たれ続け6月2日に抹消。この時点(9試合)で防御率は6点台に跳ね上がっていた。
再昇格は7月12日。この日の横浜戦で5回無失点と落ち着きを取り戻すと後半戦は再びローテーション入り。8月4日の横浜戦では敗れはしたが8回2失点と内容も良化。それでも中々勝ちに結び付かず、8月30日広島戦で6回無失点でようやく4勝目。次の9月7日阪神戦でも無失点投球を続け5勝目を挙げたが、以降は何故かリリーフに回されそこで大炎上。練習に遅刻した事もあり首脳陣の信頼を損ない、オフには解雇が決定した。
  シーズン後:退団

ディロン
昨年初めてメジャーに昇格した内野手。芳しくない成績に終わったがこの昇格が買われての獲得だったのだろう。内外野をこなすが本職は一塁。思えば近年の巨人の新外国人はユーティリティタイプが多い。クレスポ・レイサムの名が思い浮かぶがレイサムに至っては獲得後にして初めて外野しかこなせない選手だと判明するというフロントのお粗末ぶりを発揮。今回のディロンも、当初は空いたファーストを埋める存在として期待されたがその直後ロッテから李が移籍し、主力としての期待は薄れてしまった。
そしてそれに象徴されるかのようにキャンプ中に腰痛リタイア。李の大活躍で他ポジションに活路を見出すこととなったが守備では凡プレーを連発、打撃も87打数で打率1割台と振るわず、アリアス獲得の口実を作ってしまった。
  シーズン後:退団

日本から新加入
 シーズン前
パウエル(JP)
オリックスを自由契約となり、2年5億という契約で巨人入り。その実力・実績はあえて語るまでも無いが、01年のシーズンオフ一度近鉄を自由契約となりそこを再契約しただけに、あの時日本球界を去っていたら…と考えると恐ろしくなる。(01年は4勝)
当然のごとく開幕ローテーション入り。4月4日ヤクルト戦に初先発し8回まで投げ勝利。そこから快進撃が始まり、11日の広島戦から2試合連続完封。25日の広島戦でも1失点したが完投しこれで3試合連続完投。文句無く4月の月間MVPに輝く。そのままの勢いで交流戦に突入し因縁の相手オリックスからも勝利する(5月9日)が、ここからパウエルの苦難が始まった…
16日ソフトバンク戦は7回途中まで投げ勝敗付かず。すると故障者続出の影響か、次回登板は中4日で21日楽天戦。この試合こそ8回途中まで投げて連勝を6に伸ばしたが、開幕から完投ペースで投げていたのでこれで調子を崩さない方がおかしい。次も中4日でロッテ戦に登板すると(26日)、7失点で5回すら投げれず連勝ストップ。その後中6日に戻るものの調子までは戻らなかった。危険球退場も経験するなど投げては負けが続き、好投しても運に見放されるケースも少なくなかった。結局12試合連続勝ち星無し、その間に勝ちを上回る8敗を喫してしまう。8月17日ヤクルト戦でようやく連敗ストップさせ、その後何とか10勝に乗せて意地を見せた。今季で日本球界7年目になり耐用年数の限界は近いと想像がつくが、首脳陣は昨季のような突然の無理使いだけはやめてもらいたい。仮にも頭数だけは揃ってる巨人なのだから…
  シーズン後:残留

李承
韓国プロ野球でシーズン56本塁打を達成した大砲。メジャー移籍を目指していたところをロッテに「是非に」と誘われて日本球界へ。韓国・台湾選手には「アジアのメジャー」と認識される日本球界、李はそこでもう一つステップアップしてからメジャー挑戦を、という計画を立てたのだろう。
03年のシーズンでは苦手な内角球を克服しつつあったが、それは韓国内での話で日本投手の執拗な内角攻めで再び弱点は露呈して04年は辛酸を舐め尽くした。ロッテ2年目となった05年は30本塁打、それも規定打席不足の中で放った。「左が苦手」という解説・データも、実際に左投手を叩き潰した日本シリーズを見てそんな事は微塵も感じなかったし、WBCで日本戦で決勝アーチを描いた相手も左の石井弘(ヤクルト)であった。
そして昨季である。日替わりスタメンのロッテでは自分の価値観を高められないと思ったのか、球団の慰留を蹴って巨人移籍。開幕カードの横浜3連戦でいきなり2本塁打。4月こそ5本塁打に留まったが交流戦で大爆発。36試合で16本塁打を放ち、特に古巣・ロッテ戦では相手ファンのブーイングの中6戦4発。ロッテ時代に見られた精神的な脆さはそこには全くと言って良いほど無かった。前半戦は村田(横浜)と激しく本塁打数を争い、オールスターまでに29本塁打を放ち村田に7本差をつけてキング獲得かと思われた。しかしそこからウッズが猛スパートをかけてきた。8・9月と2ヶ月連続で9本放ったウッズに対し李は膝を痛めるなど万全の状態を維持できず逆転を許してしまい、タイトル獲得とはならなかった。メジャー移籍も騒がれたオフは巨人の必死の慰留を受け、4年という大型契約。目標とする優勝を果たし胸を張ってメジャーに渡ってもらいたいものだ。
  シーズン後:残留

日本へ出戻り
 シーズン途中
アリアス
あまりの怪我人の多さに獲得した、元オリックス・阪神のスラッガー。日本球界を去った後はメキシカンリーグでプレーしていたらしい。
一軍登録は7月5日。本来の内野ではなくレフトでスタメン出場し(中日戦)1安打。9日広島戦で初アーチを放ったものの、その後の活躍はほとんど無く、小久保不在の穴も埋められなかった。こんな事なら若手中心で戦って欲しかったのだがその若手がいない、という状態だった昨季の巨人。まずはFAよりもドラフトで陣容を作るという自覚がフロントに欲しい。
  シーズン後:退団

2006年外国人事情 〜パリーグ2

<ソフトバンク>
・陣容
既存選手
ズレータ
03年シーズン途中に加入して4年目となった昨年。思えばデビュー戦では高校球児以下(こんな書き方したら高校球児に失礼にあたるか)の外野守備を披露して「ああこりゃ典型的な駄目助っ人だな」なんて思わされたから、まさかこれほど息長く活躍するとは…。助走を済ませた04年は30本・100打点という大砲ぶりを発揮、05年には打率3割越えも果たした。乱闘になると誰も止められないほどの熱血漢である一方、日本に適応するため常にメモ帳を持参し、投手の配球などをチェックするという勉強家である。
だが06年は「短気ぶり」が先に出てしまった。4月16日、日ハム・金村から受けた死球に怒りを表し、そのままマウンド上に突進して金村に怪我を負わせ退場処分。試合後には10試合の出場停止も受けてしまった。
その後はいつもの彼に戻りつつあったが、チーム全体の打線の小粒化故松中とともに徹底マークに遭う羽目に。松中が一発を捨てた(三振37は異様な少なさだ)のと対照的に、ズレータはマークされながらも自分のバッティングを貫き通しそれがチーム一の29本塁打・91打点に繋がった。しかし打率は.281と本来の出来ではなかった。元来スロースターターであり昨年も4月は.257と低迷、その後上昇気流に乗りつつあったがやはり実戦から離れたことが影響したか伸び切らない。そのため球団側は耐用年数が切れ掛かっているのでは、と思いズレータの複数年契約要求に消極的だったとしても責められないだろう。その後球団も必死に慰留に勤めるが一度こじれた関係は修復できず…
  シーズン後:退団→ロッテが獲得

カブレラ
05年を迎えるにあたり巨大企業・ソフトバンクならではの大型メジャーリーガー補強が発揮され、その白羽の矢がたった一人。大型ながら俊足が注目され井口の後釜であるセカンドの穴埋めを期待されたが実際にプレーしてみると守備では送球難、俊足といってもガンガン盗塁仕掛けるほどの積極性は無く…という事でシーズン途中から外野へ。松中・ズレータ・城島・バティスタとスラッガーが何人も居た05年こそそのシュアで勝負強い打撃が際立ったのだが、そのうち2人(城島・バティスタ)が抜けて「自分が中心にならねば」という立場になった06年。
その広角打法と対応力故「2年目はもっと良い成績を残す」という記事も見受けられたが、結局は中心打者としての期待に押しつぶされた格好となってしまった。5月16日まで1試合欠場した(4月8日)以外は全て3番での出場だったが、この時点で.267、2本塁打では後の松中・ズレータが徹底マークに遭うのも当然であった。この後ファームで調整を重ね6月中旬に1軍復帰。だがそれでも一向に成績が上がらず7月再びファームへ。8月に復帰するも既に首脳陣の信頼は消え失せ、柴原とツープラトンで主に6番を打つこととなった。この8月だけで8本塁打中4本と半分打っているがやはり爆発力に欠け、打率も2割6分〜7分を行ったり来たりで中途半端。ポジションも外野からサード、果ては昨年失格の烙印を押されたかと思ったセカンドも守り便利屋としての起用が目立った。
結局最後まで松中・ズレータに次ぐ存在となれず、2年契約満期に伴い自由契約に。
  シーズン後:退団

外国から新加入
 シーズン前
カラスコ
最近3年間で100試合以上ものメジャー登板を果たした右腕投手で、2年契約で年俸1億以上と期待は高かった。
首脳陣の期待は先発の5番手。早速3月29日西武戦に登板したが結果は散々。2回には打者13人の猛攻を浴び満塁弾も喰らった。(打ったのは炭谷)結局晒し投げで5回途中まで放って9失点。次の登板(4月5日・日ハム戦)でも3回5失点で敗戦とボロクソだった。当然ファーム落ちとなったが、再調整後の登板(5月11日・広島戦)も3回で降板し敗戦、これで見切りを付けられた。これでは2年契約を盾に出来るはずも無くあえなく解雇。何しに来たんだか…
  シーズン後:退団

陽耀勲
昨ドラフトで野手の目玉・陽仲壽(日本ハム)の獲得に躍起となり、パイプを作るべく彼の兄を獲得したと思われる。全くこんな事ばかりやってるから大嶺の件でも裏工作が疑われるんだって
戦力としての期待はラミレスJrと違って無い訳ではなく、左腕という希少価値性もある。中央球界では全くの無名ながら昨年早くも一軍登板を果たす。ワンポイントでの起用で5試合に登板。
初登板は5月17日の巨人戦で、代打の代打・星を打ち取り仕事を果たした。そして3試合無失点を続けるも、4・5試合目で1失点ずつしてしまい1軍定着を勝ち取ることが出来なかった。ピッチングの魅力は140キロ台後半のストレートという事なので、まだ24歳。これからの成熟に期待しよう。
  シーズン後:残留

<西武>
・陣容
既存選手
許銘傑
すっかり影が薄くなってしまった台湾出身の投手。かつて在籍していた郭泰源が11年連続100イニング以上(在籍は13年)という息の長い活躍をした事もあり彼と張誌家もそれに近い活躍が望まれたのだが両者とも既に息切れ状態。一軍レベルから遠く及ばないぐらいまで衰えても支配下に置いている辺り西武フロントはまだ期待しているのだろうが…。
特に05年は許はわずか4試合(先発はゼロ)、張に至っては故障で未登板という集落ぶり。当然昨季は正念場であり、それに危機を抱いたのかはたまた西武投手陣が手薄になったのかは不明だが19試合と場数を増やし残留に漕ぎ着け意地は見せた。しかし内容まで全盛期に戻すことは不可能であり先発した3試合はいずれも敗戦、ロングリリーフでは失点試合が6割強もあり結果チームの足を引っ張ってしまった。
  シーズン後:残留

張誌家
概要は許とほぼ同じ。許がスライダー・シュートという横の揺さぶりで交すタイプなら、張はチェンジアップのキレで緩急を付けて勝負するタイプ。
結局06年も棒に振って解雇が決定したが、それ以前からその予兆はあった。途中入団で10勝を挙げ優勝に貢献した02年以降、チェンジアップの比率がやけに多くなった。ストレートの威力が下がりつつあったのかはたまた打者を早く打ち取ろうと横着になったのかは不明なのだが、それによりピッチングから凄みが失われ、03年も04年も今一つ不安定な出来。それが西武全体のローテーションの不安定感を招いた、とは言い過ぎだろうか。
  シーズン後:退団

カブレラ
説明不要の巨大大砲。02年に55本塁打した頃の力は衰え気味だが、それでも4番打者のオーラは相手並びにチームメイトを圧倒できるだけのものがある。
衰えているパワーが示すとおり、長打率.564は来日以来最低の数字(過去5年はいずれも6割越え)。本塁打31本も、故障で半数以上欠場した04年の25本を除けば最低である。それでも打点100をきっちり達成したのが4番の真骨頂。パワーは衰えてもリーチの長さは健在で、低めの良いボールでもその長く太い腕で捉えられるからタイムリーを量産できる。今季以降もピッチャーは彼を抑えるのに一苦労するだろう。
  シーズン後:残留
外国から新加入
 シーズン前
グラマン
年々弱体化する先発陣の梃入れに獲得した左腕投手。思えば02年以降外国人投手は許と張しかおらずそれだけ西武の「投手王国」が健在だったといえるのだが、ここ数年の王国のぐら付きでさすがのフロントもついに根を上げたという格好だろうか。メジャー経験はほとんど無く残っている記録は通産防御率10点台と目を覆う数字。典型的な技巧派で、ストレートは長身からの角度で勝負するタイプ。
開幕からローテーション入りを果たし、左腕アレルギー気味のソフトバンク相手(3月29日)に初登板初勝利。その後もしっかり責任イニングを投げる投球で当たりかと思いきや、交流戦初戦(5月9日ヤクルト戦)で3回6失点と乱れると、次の広島戦(16日)では1回5失点と散々でファーム落ち。その後再昇格も、当初の安定感はすっかり影を潜めて13試合の登板に留まってしまった。大きく乱れたのは交流戦を除けば8月4日の日ハム戦(4回6失点)だけだが、4勝のうち3勝が交流戦以前のものなので慣れが露骨という印象。今季はちょっと厳しそうだ。
  シーズン後:残留

ギッセル
グラマンと同様にメジャー経験が乏しく、しかも獲得時期がキャンプ直前と遅くどことなく「保険」的獲得の匂いが漂っていた。長身からのストレートに特徴とこれもグラマンと同タイプ。だがオーソドックスな右腕なため他者の目からは特徴がないと見られやすいのが辛い所。
その目の通り、グラマンのローテ入りを尻目に5月下旬までファーム暮らし。だがそのグラマンがファームに落ちた事でチャンスが巡り、25日の中日戦で7回2失点で見事な初登板初勝利。その後も6〜7イニングを投げる安定感ある投球を続けると、6月25日ロッテ戦では完投勝利も挙げた。確かにピッチングスタイルに目を見張るものは無いが、投球テンポのよさとランナーを置いても動揺しない気の強さが際立っていた。
そのまま5連勝を果たすのだが、やはりここでもグラマン同様慣れという壁にぶつかったのか息切れ。順位争いの大事な時期に5回未満での降板が激増しチームの足を引っ張ってしまった。この時期も調子を維持できていたらプレーオフにルーキー松永先発などという賭けなどしなかったに違いなく、密かにこの両外国人投手が第一の戦犯だったのかもしれない…
  シーズン後:残留

リーファー
獲得意図が今一つ解らなかった左の大砲。フェルナンデスが退団したから獲得に走ったのだろうが、外国人に頼らなくても日本人に良い打者が揃っていた西武だから尚更。おまけにFA人的保障で巨人から江藤はやって来るわで大砲候補は飽和状態に。
さてリーファーであるが、01年に18本塁打を放ちメジャー定着しかかったが、結局はそこがピークで年々出場機会は減少。守備はファースト・サード・外野が可能だが脚力は今一つ。メジャー実績が無くても日本で中心選手になれるという事はチームメイト・カブレラが証明しているのだが、リーファーの状況はこうした和製大砲揃いのチームで自分の価値観をアピールしていかなければならない状況だったから、ファーストを空けて迎えられたカブレラのようにはいかなかった。
実際開幕は2軍スタート。4月25日にようやく昇格を果たすのだが肝心のバッティングはかなり粗く三振の山を築き、抹消される6月2日までの成績は.175、2本塁打という体たらく。このまま解雇かなという思いが過ぎったのだが、それから二ヵ月後再昇格を果たしてから意地を見せた。復帰後初スタメン(3日・ロッテ戦)で打点を挙げると、次カードの日ハム戦ではスタメン2試合ともアーチを描き上昇気流に乗った。8月だけで9本塁打という爆発ぶりを魅せ打率も.259まで盛り返した。9月はやや勢いが鈍り左投手の際には下げられたものの、無事に残留を果たした。一方の守備は再昇格後2試合を除いて全て指名代打でのスタメンだったように不安は明らか。今季もとにかく打ちまくらなければ生き残りは難しい。
  シーズン後:残留

<日本ハム>
・陣容
既存選手
リー
05年の日ハムはとにかく外国人選手が誤算だった。先発の支柱だったミラバルがついに耐用年数切れを起こしたのをはじめ、先発ローテーションを見込んだナイト・トーマスがボロボロ、打てて守れるはずだったアルモンテが「打てず守れず」だった事が判明しはやペナント争いから取り残されたものだが、そんな窮状から緊急補強したのがこのリーである。僕はその初登板をロッテ側で観戦したのだが、ストレートが140キロ前後の典型的な技巧派左腕。凄みは無いが実戦的なピッチャーで継投主義のヒルマン野球には適応すると感じた。ちなみにこの日は6回途中2失点と試合は作った。
結局05年は9試合で3勝。コンスタントに責任イニングを投げられる安定感が評価されて残留となり06年は開幕からのフル回転が期待された。だが初登板はいきなり4回降板で敗戦(3月29日ロッテ戦)。押し出し含む4四球と乱れたのが致命傷で、制球は悪くないタイプだから球威の無さ故慎重になりすぎたのだろうか。この「慎重さ故の四球の多さ」が良かったり悪かったりの原因になった。11試合を投げて与四死球率5.14は技巧派としてはかなり不満が残る数字で、象徴的だったのが10試合目の巨人戦(5月31日)。6回まで被安打1と完璧に封じながら、7回先頭打者(仁志)への四球からボロボロと乱れ、押し出し四球を与えた所で降板。結局その後チームは1イニング9失点を犯してしまう。抹消理由は左肩痛だったが、このため仮に故障発祥しなくても残留は無かっただろうと思ったりする。
  シーズン後:退団

トーマス
05年開幕直前に入団。左腕からの150キロ超のストレートが最大の武器で、開幕2戦目に初登板。だが見事に3回KOされると、その後2試合でも5回すら投げる事ができずファーム落ち。だが6月に再昇格を果たすとその快速球でリリーフの一角を担う活躍をした。その傍らもう1度先発登板したが、またもやズタボロと先発としての適性の無さをアピール。結局これが悲劇の始まりだったとは…
06年もリリーフ。制球が安定せずリーと同じく与四死球率5個台に加え被打率でも武田久ら主力級からかなり置いていかれた数字(.284)。当然防御率は20試合以上のリリーフ投手の中で最低の3.75に終わってしまった。岡島のメジャー移籍もあり球団は慰留の方針を固める事になったが、ここで悲劇が生じてしまった。フロントは何を思ったのか「先発で投げて欲しい」という要求を出し、これでトーマスは「自分の事を見てくれているのか」と不信感を抱いてしまったに違いない。結局意見衝突の果て退団することに…
  シーズン後:退団

セギノール
すっかり当初の球団はオリックスだった事を忘れられつつあるスイッチ大砲。当時の石毛監督と散々対立を繰り返した事は今やすっかり昔話だのぉ…
昨季も打線の中心である4番としてスタート。だが2年前に本塁打王を獲得してからというものマークが厳しくなり05年は成績を下げ三振も141と激増した。そのままシーズンに挑んだのだが、やはり苦しみ5月終了時点で.234、6本塁打という低迷ぶり。5月25日から3日間5番降格も経験し、それがそのままチームの打撃不振に繋がっていた。6月に入りようやく上向きになったものの、チーム自体が森本・田中賢の1・2番コンビを確立させて上昇期に入っていたので、その流れに乗っただけという印象は否めず。8月再び緩やかな下降期に入り20日時点で.264、15本塁打。このままシーズン終了・解雇が濃厚だろうと思わされた。
だがそこから彼のバッティングは変わった。打撃フォームも膝を折り曲げて構えるものへと改造して9月に大爆発。月間8本塁打を放ち打率も.295まで上昇。ようやくチーム優勝に貢献する活躍を魅せ、球団側も残留の構え。だがこの交渉が巧くいかず音声不通の状態に。年が明けようやく融解しつつあるようだ。
  シーズン後:未定もほぼ残留が濃厚

外国から新加入
 シーズン前
ディアス
まだ26歳と若く将来性豊かな右腕投手。04年にはメジャーで18試合に登板、05年こそマイナー暮らしだったが粗削り故の魅力というものもある。
その通り昨季は開幕3戦目(3月28日ロッテ戦)でいきなり初登板。これを6回2失点と好投し素質の良さを証明したが、リー・トーマスらとの兼ね合いでファームへ。6月に再昇格を果たし再び先発を任されるが負けと勝ちを交互に繰り返す投球。リー故障というチャンスを中々ものに出来ず。ようやく6月28日・7月4日と連勝するがそこから2試合連続で5回以前でノックアウトされると、オールスター以降は一度も登板機会を得られなかった。もちろん物足りない成績であるが、もう1年解雇を待っても良かったのではないだろうか。
  シーズン後:退団

マシーアス
06年の日ハム打線のテーマが「1点を取りに行く野球」という事で、その役割を期待されての獲得。メジャーではここ3年間100試合前後に出場、成績こそ芳しくないがバイプレイヤーとして働いてきた。
その期待通り早速開幕から1番打者で出場。3月はそこそこだったが4月序盤で打率は急降下、すぐに戻すのだが以降は2番での出場が多くなると再び低迷。サインが出なくても自らバントを試みる姿勢には好感なのだが、同時にそれが打撃の積極性を欠く要因にもなった。結局6月にディアスと交代でファームへ。その間に田中賢がリーグを代表する2番打者へと大成長を遂げ、再昇格(7月2日)後の役割は7番、それも常時スタメンとはいかなかった。結局そこでも今一つに終わりシーズン後解雇。シーズン1位を決めた試合での陽気なガッツポーズだけが印象に残る結果となった…
  シーズン後:退団

2006年外国人事情 〜パリーグ1

<楽天>

・陣容
既存選手
 なし
外国から新加入
 シーズン前
インチェ(林英傑)
台湾球界ナンバーワンとの触れ込みで入団した左投手。開幕前はバワーズとのダブルサウスポーとして期待大であったが、バワーズの度重なるアクシデントにより単独でローテーションに入る。
4月1日のソフトバンク戦では8回無失点という快投を魅せる。楽天投手陣の層の薄さもありこれでローテーションは安泰と思ったのだが、5試合目(23日・西武戦)の後に肘を痛め以降全く登板が無かった。
被打率の良さは先発陣の中でもトップクラス。台湾時代は快速球とスライダーなどの変化球で三振をビシビシ奪っていったが、カットボールを駆使した打たせて取る投球へと推移していき27イニングで奪った三振は9個だけ。この意識を忘れなければ今季は期待大であるが、レベルアップして日本でも三振を取り捲るインチェも見てみたい気がする。
  シーズン後:残留
 シーズン途中
グリン
一向に厚くならない先発陣の窮状を埋めるべく獲得した投手。150キロ近いストレートと多彩な変化球が武器だが、決め手に欠き3Aとメジャーを行ったり来たりしていた。
初登板はリリーフ(5月21日・巨人戦)で試運転し、以降早速先発ローテに加わる。中4日も辞さずというフル回転で、5回未満の交代が20試合中4試合という安定感を魅せる。
インチェとは対照的に三振が多く被安打も多い。ピンチで三振が奪える貴重なタイプであったが、シーズン後年俸で折り合いがつかず戦力外に。
  シーズン後:退団→日本ハムが獲得
バレント
外野強化のために6月に獲得した左打者。本人が「粘り強い打撃が持ち味」といっているように大砲ではなく、メジャーでの実績は04年ぐらいしかない。(130試合で13本塁打)
6月19日から3番を4試合務めるもののこの間の打率は.188。それ以降は下位打線に回されたが、一向に打率が上がらずスタメン出場すらわずか17試合に終わってしまった。
  シーズン後:退団
日本から新加入
 シーズン前
バワーズ
横浜の2年間で14勝を挙げた左腕。横浜時代は来日当初「研修生」という立場で寮入り、コミュニケーションも単独で行う努力人。その努力が早速花開き、登板機会を貰うとあれよあれよの間に7勝。四球がやたら多かったが独特のカーブと打ちづらい回転のストレートが武器であり、05年も開幕からローテ入り。しかし制球難が牛島監督に嫌われて後半ファーム落ち、そのまま退団となる。
そんな経歴から、多少荒削りでもとにかく特徴ある投手が望まれる楽天では一層の活躍が期待されたが、身内のアクシデントに見舞われ満足なキャンプが出来ず、再来日し調整に励む中肩を痛めてシーズンを棒に振ってしまった。
  シーズン後:退団
フェルナンデス
日本で3球団目となった大砲。ロッテ・西武時代での成績は悪くなかったが、守備面での脆さやチーム編成上の都合から解雇となり、スラッガー不足の楽天が食指を伸ばした末入団。
楽天のチーム本塁打は67本だったが、その約42%にあたる28本塁打を放ち、救世主と成り得た。打率もロッテ時代以来3年ぶりに3割越え。西武時代はいずれも3割を割っていたが、カブレラ・和田ら他に中心打者が居たからマークは緩和されたはずであったからこれは意外。責任感を持った方が良い打撃が出来るタイプなのだろうか。
野村監督が散々ボヤいていたのが走塁面。足は遅くはないがとにかく走塁意欲が無く、この意識がチーム全体で繋がりに欠けたような気がしてならない。「各駅停車」の山崎武もそうだが、遅いなりに全力疾走してやる気を見せる事も時には必要である。
  シーズン後:残留
 シーズン途中
なし
日本へ出戻り
 シーズン前
リック(ショート)
03年にロッテに在籍していた打者。その際フェルナンデスともチームメイトになり、昨年再び会う事になる。打撃はアベレージ型であり、一塁二塁三塁と外野をこなすことが出来る守備が魅力。フェルナンデスが中心打者としての獲得なら、このリックはフェルナンデスの脇を固めてチームに貢献することを期待されての獲得か。
4月後半から5月にかけて故障離脱があったのが悔やまれるが、打撃のコンスタントぶりは最後まで遺憾なく発揮して.314のハイアベレージを残す。問題はポイントゲッターとしての消化不良ぶりで、3番・5番などを多く務めたにも拘らず打点は34。これは2番が主で1本塁打しかしていない高須よりも少ないものであった。当然来季はこれが改善ポイントである。
  シーズン後:残留
 シーズン途中
なし

<オリックス>
・陣容
既存選手
ガルシア
前年は7月からの大爆発で残留に漕ぎ着けた。外野守備も強肩が目立つ存在となり、当然06年も期待されたが、オフでいきなりつまずく。年俸アップを図って中々残留交渉に応じていなかったのだが、それが逆に減俸される口実となってしまい渋々残留。この時点でモチベーションは失っていたのかもしれない。
前年は長打不足のチームにあって左投手のときでもスタメン起用されていたのだが、ブランボーとの完全併用に落ち着いてしまい調子を維持できず。おまけに1番での起用など不可解な中村監督の采配も目立ちモチベーションは低下する一方。そしてついに携帯電話事件を起こしてしまい解雇が決定的となった。成績的には全てが前年より悪くなっており分析するまでも無い。ともかく八方美人的な外国人起用が裏目に出た極端なケースとして、今後も記憶に残っていくだろう。
  シーズン後:退団
ブランボー
ガルシアと共に残留に漕ぎ着けた右打者。清原・中村という2台ポンコツ大砲を獲ったから中村監督は最初から両者を併用するつもりだったのだろう。
当然大幅に成績を下げて、ガルシアよりも早く見切られた感があった。
  シーズン後:退団
外国から新加入
 シーズン前
グラボースキー
第3の外国人野手として獲得した左打者で、どちらかというとアベレージ型。04年の113試合がベストシーズンだが、それでも.220に終わっている辺りがいかにも中途半端。
開幕は二軍スタートで、ガルシア・ブランボーのどちらかが降格しない限り昇格が無いという苦しい立場。実際腰を落ち着ける暇を全く持たず打席に望んだ結果バットが湿りっぱなしで、打率.146に終わってしまった。いったい中村監督は外国人野手というのをどのように考えていたのだろう。それとも阪神時代ディアーに騙された経験から「質よりも量や」なんて考えたのだろうか。
  シーズン後:球団は残留検討も強引にアメリカ復帰を図り契約→退団
 シーズン途中
オバミュラー
野手だけでなく投手も3人助っ人を揃えようとしたのが昨年のオリックス。開幕までに見つからず、それでもセラフィニ・デイビーに期待したがセラフィニが期待を完全に裏切ったとあってすかさず捜しにかかった。そして白羽の矢が立ったのがこのオバミュラー。03〜05年はメジャー登板こそ多いがいずれも防御率5点台で安定せず、昨年3Aでくすぶっていた所を交渉。
初先発の5月7日(ロッテ戦)で5イニングを無失点。これでセラフィニの穴は埋まったかに思えたが14日(ヤクルト戦)には初回持たずでノックアウト。中2日で登板した中日戦も4回2失点で負けという風に不安定ぶりはアメリカと変わらなかった。結局24日の広島戦で6回1失点で勝ったのが唯一の白星。防御率5点台はしっかりと継続することとなってしまった。
  シーズン後:退団
日本から新加入
 シーズン前
セラフィニ
昨年ロッテで11勝を挙げ、年俸大幅アップを目論んだ所自由契約。オリックスが用意した年俸は1億7千万也。(ロッテ時代の約3倍)特に05年はオリックス相手に4勝していたから、天敵を減らす意味で是が非でも欲しかったといえる。
だがキャンプで早くも暗雲。故障により調整不足で開幕を迎えるとそのツケはしっかりと内容に現れた。開幕2戦目に先発も西武相手に3回4失点、4月2日の日ハム戦では4回6失点と目を覆いたくなる結果。9日のソフトバンク戦では好投を魅せるものの、18日には再び日ハムに4回6失点。これでファーム行きとなり、再昇格後も散々にやられて挙句の果てには再び故障。しかし2年契約があるため来年も残ることに。
だがインチェ(楽天)には期待出来ても、彼にはどうも期待できない気がプンプンと…投げたら痛い痛い言い出しそうだし。高額年俸盾に…
  シーズン後:残留
デイビー
広島が自発的に戦力外にしたとあって、セラフィニほどの金額は必要なく難なく獲得。それでいてデイビーの方が遥かに素晴らしい活躍を見せるのだから野球というものは解らない。
24試合の先発機会があったが、5回未満で降板した試合が1試合も無かったのがまず素晴らしい。与四死球こそチームトップの61あったが、規定投球回に達している事を考えれば悪くない。これだけ安定してコンスタントに投げてくれればチームとしての戦略も立てやすくなる。意外なのが奪三振の少なさ(77個)。常時140キロ台のストレートに縦回転のスライダーと三振を取るタイプのピッチャーだと思っていたから虚を付かれた。おそらくバッターの側もそれに騙されていたのかもしれない。
  シーズン後:残留

<ロッテ>
・陣容
既存選手
ベニー
言わずと知れたバレンタインの秘蔵っ子。1年目・04年は一流クリーンアップのノルマである「3割30本」を達成、守備・走塁面でも決して巧くないながら一生懸命なプレーは好感を呼んだ。しかし2年目は故障がちで全ての面で下回り、正念場を迎えた3年目。
持ち味は外国人スラッガーとしては珍しい選球眼で、特に落ちる球には滅法強い。全くヤマを張らずとにかく来たボールに対応していくバッティングも好印象。
そんな外国人らしからぬ気質を持ったベニーだが、06年も故障に悩まされ本来の力を発揮出来たとはいい難かった。それでもチームトップの四死球49を選ぶなど持ち味はきちんと出した点が責任感あるし、得点圏でもチームトップの.348。決して一流の成績とはいかずにシーズンを終えたが、他の助っ人でベニー以上の存在感を出した者も居なかったためか無事に残留が決定した。心配なのはやはり故障など体調面。指名代打での出場が目立ち、そのおかげで守備が下手なフランコ・ワトソン・パスクチが醜態をさらけ出す結果となってしまった。今季で36歳になる年齢も不安の種。
  シーズン後:残留
フランコ
ベニーと同じく06年で日本球界3年目を迎えた。05年は打撃成績9位で21本塁打と抜群の貢献度を魅せたが、37歳という年齢が不安要素であった。また内外野をこなせる守備と聞こえは良いが、実際はほとんどが外野での出場。おまけに鈍足ぶりを発揮し投手の足を引っ張る事もしばしば…
実際シーズンが始まるとやはり年齢的衰えは隠せず。打率・本塁打の低調もさることながら得点圏打率は噴飯物の.177を記録。300打席近く立ちながら打点はわずか20しかなかった。極端なオープンスタンス故、年齢的な衰えでミスショットが多くなってしまったのだろうか。8月8日を最後にファームに落ちると以降昇格は無くそのまま自由契約に…
  シーズン後:退団
パスクチ
05年はベニー・フランコ・李に告ぐ第4の選手。大振り傾向で三振が多く守備も駄目駄目とベニーと正反対なタイプだったが、ベニー故障での出番で打ちまくり残留に漕ぎ着けた。
そして06年、李が巨人に移籍し主力としての働きが期待されたものの見事に裏切った。やはりベニー・フランコに比べかなり粗いバッティングはちょっと格が違うピッチャーからすれば格好のカモであった。ワトソンの加入で6月は全く出番なし。ベニーの故障で7月中盤に再昇格した後も、一発は放つものの確実性が全く見られず。そんな打者に2番を打たせるバレンタインの采配もどうかしており、ロッテ打線全体が全く冴えなかった原因の一つにもなった。
  シーズン後:退団
外国から新加入
 シーズン途中
ミラー
メジャーでは02年に9勝という実績があるが、05年はわずか1試合にとどまっており06年5月にロッテのテストを受けて合格。ロッテの泣き所である、頼れるリリーフの絶対数不足の解決が望まれた………のだが………
5月31日ヤクルト戦、延長戦で登板するもその代わり端リグスに決勝アーチを浴びる(敗戦投手は藤田)、6月4日広島戦では1点リードの場面で8回から登板するも怒涛の4連打(最後は栗原にホームラン)でワンアウトも取れず降板。8日中日戦では4回6失点の久保の後を受けて登板するが、1イニングだけなのに久保を越える7失点というある意味快挙ともいえる打たれっぷりを披露。この時点で防御率は29.45で、もちろんこの試合後降格である。その後最昇格したが結局防御率2桁のままシーズン終了。薮田・藤田・小林雅のトリオ「YFK」の裏で、小宮山・高木・ミラーという敗戦処理トリオは別の意味で印象に残った。
  シーズン後:退団
ワトソン
第4の外国人という事で5月に入団。メジャー実績はほとんど無く、たまにチョロっと上がっては打率1割台を披露しマイナーへ戻るという繰り返し。
初スタメンの6月2日広島戦でいきなり本塁打をかっ飛ばすなど3打点を挙げ、ロッテ打線の救世主になるかと思ったのだがそうはいかず。打率こそ2割台中盤〜後半をキープするのだがパワーに欠け、やはり3Aレベルの選手なのだな、と思うしかなかった。どうもロッテフロント、いやバレンタインの外国人野手探しはチームの起爆剤というよりも、「自身の特徴である日替わりオーダーに従う事の出来る選手」の獲得という気がしてならない。それに反発的だった李がチームを去ったのも今ではその気持ちが理解できてしまうのが物悲しい。だがシーズン後は何とか残留。ベニーと左右2プラトンを残したという格好なのだが、今季はもう少し固定して起用してもらいたい。
  シーズン後:残留
日本から新加入
 シーズン前
バーン
オリックスを自由契約となっていた所を獲得。だが僕はこの獲得劇で「ああ今季ロッテは優勝出来ないな…」と確信してしまった訳であるが。05年に11勝を挙げたセラフィニがオリックスに移籍する形となり、その仕返しと言わんばかりのこのバーン獲得。正直前年4勝13敗のピッチャーに何を期待するのだろうと思わされたし、まだ新規獲得の方が潔かった。
開幕2戦目に先発登板したもののソフトバンクにあえなく滅多打ち。先発での2勝はいずれも楽天から、というのが不安定ぶりの何よりの証拠で、150キロ近くが出てもただの棒球では強豪チームには通用しない。結局ローテーションは6試合目の5月9日阪神戦で負けたことにより外れ、以降はリリーフで活路を見出す事に。先発での防御率7.28から4点台にまで下げた事で適性を表したが、あえなくシーズン後は自由契約に。
  シーズン後:退団

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